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阿部恭平の
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Vol.186
2022 02/27 Sun.
カテゴリー:

「やむをえない」戦争とは

戦争が始まった。何よりウクライナ国民が日々おびえ危機に直面しながら暮らす日々が一刻も早く訪れることを願う。
冷戦は結局終わってなんかいなかった(そもそもいつ始まったのか?)とか、ロシアの狂いっぷりや米英の無責任ぶりなど色々と思うことはあるが、結局苦しむのは当事者達だ。それはウクライナ人のみならず、ロシア兵も。
以前ブッシュがイラク侵攻を決め、しばらくした頃にアメリカ人兵士がイラク人を虐待したとのニュースがあった。女性兵士が全裸のイラク人男性の局部を指差しニッコリと笑い、イラク人は顔を隠している写真を見た。もちろん人道倫理に反しているとアメリカもニュースにし、たしかラムズフェルトが「軍の規律を見直す」とか述べた。私は「何を言ってるのやら」と思った。戦争ってそういうもんでしょ、と。たとえ命を直接奪わなくても、人道倫理を全て否定して、関わる人々全てを精神的に追い詰めて狂わせていくのが戦争であり、それを始めたのはアメリカ政府だ。私にはその女性兵士も被害者にしか思えなかった。
そもそも戦争法なんてものがあるのも昔から理解できない。法にのっとった「正しい戦争」と「間違った戦争」があったとしたら、正しい戦争の被害者は「やむをえない被害者」で間違った戦争の被害者は「可哀想な被害者」だというのか。その線引きは誰が決めるのか。
銃で打たれて戦友に「これを母国の妻に渡してくれ」と思い出のペンダントを渡し、戦後に奥さんがペンダントを受け取り咽び泣くような場面はフィクションの世界にしかない。預けられた方も数秒後に死ぬかもしれないし、そのペンダントは相手に略奪されるかもしれない。あるいは預けられた方も何かのためにペンダントを売り払うかもしれない。
戦死と言っても(フィクションのように)それほど苦しまずに亡くなる割合なんてどれだけのものだろう。足を怪我して行軍中に置いてかれる、飢え死に、栄養失調による病気、感染症、行軍中に川に落ちる、崖から落ちる、地雷等の罠、毒。パッと考えるだけでこれだけ思い浮かぶが、おそらくこのどれにも当てはまらない死因も山ほどあり、全て「戦死」という言葉にまとめられる。そしてどの死も「やむをえない」と言われる、一人のために行軍や作戦実行やめるわけにいかないから。日頃国民の命を、とかなんとか言っても戦争になればこんなもんである。狂ってるね。
テロに屈するわけにいかないから、自国の安全のために、「やむをえず」行われる戦争、と人は言う。「やむをえない」と結論を下すのは誰なのか。そしてそれに同調する人々を含め、彼らは被害者の前、遺族の前にしても「やむをえなかったから、納得してくれ」と言うのだろう。もちろん身近に被害者が出ても涼しい顔で「やむをえない」と納得し、数秒後にはありふれた日常を過ごすんだろう。やっぱり狂ってるね

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