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Vol.308
2026 05/01 Fri.
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不意に訪れた、ありふれた休日

先日「そろそろ準備するか」なんて頃、ちょうど数時間後に会う予定だった人から連絡がきた。なんとその日の仕事はキャンセル。事務所の手違いによるものでギャラはすぐに振り込まれるという。今までもキャンセルなんて山ほどあったけど当日というのは初めてだった。電話を切った後に妙に高揚する気分を味わう。そうか、これが有給休暇というものか。ただの休みよりずっと嬉しい。しかも予想外のものは格別である。

 

 

久々の人と偶然会うとか思いがけぬものをいただけるとか、予想外の良いことは特に嬉しい。逆に16時まで、と言われているのに17時まで仕事が延びたりすると、通常の1時間以上に疲れる気がする。5キロ走る予定で6キロ走ってもガソリンの減り方は同じなのに、人間はそうはいかない。やはり人は脳の生き物であるらしい。

 

 

話は変わって、友人から聞いた話。SEIKOがメトロノーム付の腕時計を出していて、とある有名ブランドがその腕時計とコラボして「~月発売予定」とだけ記していたらしい。とある祝日に予告もなく販売開始すると当日の数時間で完売。売り切れた直後から通常の何倍もの値段で転売が横行しているようだ。なんでたくさん作らないのか不思議なんだけど、どうもそれもブランディングの方法らしい。需要に決して達さない程度の供給に抑えて、欲しい人がたくさん残ること自体がそのブランドの価値も高めるし、買えなかった人は余計にそれを求める。そうやって意識されたものはより輝いて見えるはずで、高級ブランドなんかもそういうものだろう。

 


渇望という言葉の通り、枯渇しているからこそ欲求は強くなる。今も昔も「新作発売」なんて話が出ると、まだ全貌が見えない時にこそやたらチェックしたり、様々な想像を巡らせたりする。そんな想像を巡らせている時が一番充実していたりもする(手に入ると、すっと熱が冷めたりするものだ)。あるいは連休なったらあれやこれをしたい、なんかもそんなものかもしれない。いざ待ちわびた連休になってやってみたらパッとしない、とかね。

 

 

そういえば、ふいに訪れた休みの話。今までにないウキウキとした気分を味わったものの、結局は練習をして、日が落ちてきたら近所を散歩して、夜に(良くも悪くもない)映画を一本見ただけの一日であった。時間できたらあれを、などと人並に思っていたはずなのに、何をやろうと考えていたかも思い出せない。せっかくの休日であったが、結局ありふれた一日になったのであった。個人的には充分満足しているけど。

 

 

そういえばG.Wのようで。休むも遊ぶも、皆様良い休日を。休みもなく多忙な方にもできれば(予想外の)ささやかな幸運が訪れんことを。

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Vol.307
2026 04/15 Wed.
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桜の命は短きばかり

桜の季節も終わった。桜が特別に好きなつもりもないけれど、散歩をする際にはなんとなく桜が並んでいるあたりを通ることも多かった。たまたまだけど車移動でも桜や八重桜をよく見かけた気もする。そういう意味では満喫したんじゃないだろうか。

 

 

母方の祖母が桜をすごく好んでいて、この季節になると車を出してくれと孫(達)に声をかけてくる。「もう最後かもしれないから、桜を見たいのよ」とか10年、いや20年近く同じことを言っている。そう言われた優しい、とても優しい孫はめんどくさそうに車を出して桜の見える通りを走ることもあるし、時間がないときはあっさり断ったりもする。

 

 

桜はなぜ特別な花なのか。古来より日本の詩歌、名前などにも数え切れないほど用いられるし、言葉もたくさんある。花見、花冷えなども花と言いながら、桜を意味している。日本の季節的にもちょうど変わり目で、しかも時期も短くて愛されやすいのだろう。たいていの学校や幼稚園などにも1つや2つはあって、そこで写真を撮ったりするんだろうか。まだ肌寒いのに花見なんて風邪ひきそう、とか言うのはきっと不粋なんだろう。真夏や真冬に野外で演奏することのある人間なんかが言っても説得力はないかもしれない。

 

 

さらには開花率とか、満開の予想なんて言葉があるくらいなんだから、やはり桜といえば満開の時を人は期待しているんだろう。そりゃそうだ、なにせ圧巻で綺麗だからね。でもたまたま今年散歩しているときに、他は蕾だらけの中ただ1つぽつんと太い幹に咲いている桜の花に気づいて、まわりと同調しないところが自然らしくていいじゃないの、としばらく眺めた。あるいは葉桜の中で元気に開いている花とかね。

 

 

ところで先の祖母の話。その頃には満開なのでは、と期待していた桜はそこまでは咲いておらず、しかも曇りで時々小雨がまじる空模様であった。一応車を出して近所の桜のあるあたりを走るも、お世辞にも満開とは言えない。孫は「うん、これは来年もっと綺麗な桜を見てくれ、ってことだよ」などと言う。その後喫茶店に入ると祖母は嬉しそうに飲み物とケーキを注文する。コーヒーを注文する孫に祖母は「あんたも何か食べなさいよ」と言う。孫は「そういう台詞って、ご馳走する側が言うことじゃないの?」とは言わず、素直にわらび餅を注文した。窓から見える小雨はやや強くなってきていて、二人で「今年の桜は短いだろうね」などとぼやいた。

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Vol.306
2026 03/22 Sun.
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渦巻と文学

先日クロード・シモンの『綱渡り』を読んだ。この作品を訳したのは大学の恩師。彼は仏文科の教授で自分は英文科なんだけど、恩師と言って思いつく人は彼だけだ。入学して最初のフランス語授業の担任が彼で話が面白かったので、他の講義も聞いてみることにした。

 

 

その次年度、彼は休暇で一年間パリで過ごすことになっていて、ちょうど自分もパリ旅行の機会があり連絡を取ったら快く会ってくれた。昼食を御馳走になり、一緒にポンピドゥーセンターでやっているロラン・バルト展を見に行った。その後、セーヌ川沿いを2人で歩きながら時おり目に入るパリの名物を教えてもらった。自分が読んでいる本、興味ある作家の話などについて質問すると、丁寧に答えてくれた。今思えばわかったようなことを喋るだけの若造だったろうに。その後夕食も共にし、たまたま近くでアレッサンドル・デュマがパンテオンに偉人として埋葬される儀式が行われていて、それを一緒に眺めたのを覚えている。

 

 

その後、彼が帰国してからも講義を聞きにいった(単位にならないのに!)。あと卒業してからも一度、仏文科の友人の一人が文学賞をとったこともあり、そのお祝いのように友人達と一緒に食事をしたことがあった。

 

 

その後も彼の関わった本で興味をもったものは読むようにしている。その中で最近出版されたのがクロード・シモンの初期の小説の翻訳だった。かつて『フランドルへの道』というシモンの代表作を読もうとしたけれど難解すぎて途中でやめた。もともと自分はヌーヴォー・ロマンに含まれる作家たちとは肌が合わない。ヌーヴォー・ロマンを大ざっぱに言ってしまうと文字通り<新しい手法にこだわった小説>で、<文学を知っている人にしか魅力が伝わりづらい小説>などと悪くも言い換えられる。「わかる人にしかわからない」みたいな分野、音楽でも絵画でもありますね。その手の分野の全てがそうとは言わないけど、前提として人を選別したり、どこか高みに立っているような芸術家や、それをありがたがる批評家気取りの連中は今でも本当に苦手だ。(プルーストやジョイスやフォークナーは読み手を選ばないのか、と言われると困るけれど、話が長くなるので割愛)

 

 

そんなシモンの小説なもんで、難しくてやめそうだけど読んでみるか、と手に取ってみたら数日で読み終えた。小説を読むのが年々遅くなっている自分にとってはまさに意外なことだった。ある意味シモン自身の青春小説のようでもあり、画家になるか小説家になるか迷った経験からか「ぼくはものを見ることはできるが、(セザンヌのように)何かをみることができない」とセザンヌやグレコの絵を前に悩む場面も秀逸だった。終盤でかわされる、カフェでたまたま知り合った数学者との対話も興味深い。まさかこんな歳になり、これほど(難解で有名な)シモンの小説を愉しめるとは思わなかった。

 

 

何年か前に教授の(仏文学者が明治維新を舞台に書いた!)時代小説で益満休之助の存在を知ったし、ある意味で書物という物体を通して教育は続いているのだろうか。もう連絡先も知らないし挨拶もできないけれど、元気にやっていらっしゃるかな。春にまた新刊が出るらしいけど。

 

 

そういえば先の話、セーヌ川を先生と2人で歩いた時にある水門のところで渦巻を目にして、彼はそれを指差して「あれこそが文学なんだよ」と微笑んだ。流れに逆らう水がうねって形を作る様相を見ながら、自分は葛藤とか苦悩とか、とにかく芸術につながりそうな『何か』を思い浮かべた。その何年後かにパリで暮らすことになると知らず、音楽を志すなんて思いもしなかった当時20歳の若者は「そうなんですね」と気のない返事をした。

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Vol.305
2026 03/17 Tue.
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東京、駅の名前

東京の駅名について。「~何丁目」という名前が昔から気になっている。バス停ならともかく、もう少し愛着の持てる名前にならないものか。例えば新宿三丁目、四谷三丁目、本郷三丁目(丸の内線はなぜ三丁目が多い?)、青山一丁目、銀座一丁目、六本木一丁目などなど。

 

 

賛否両論あるだろうけど、例えば半蔵門線の「三越前」や「水天宮前」。駅の近くの名物そのもの、パリの「オペラ駅」みたいでわかりやすくて自分は好きだ。それと同じ理屈で「新宿三丁目」は「伊勢丹前」でどうだろう。あと「四谷三丁目」も四谷のついでみたいに言われるより「津の守坂」あるいは「荒木町」とか、あのあたりの昔からの地名があるんだから使えばいいのに。「青山一丁目」と「本郷三丁目」はそれぞれ「青山」と「本郷」でいいのに、と思う。もしくは名物を使うなら「東宮御所or霊園前」「赤門前」とか。

 

 

そして「東京駅」も気になる。パリにパリ駅はないし、ロンドンにもロンドン駅はない。首都名が駅名と同じというのは、あまりに安直すぎる。これといった名前は何かないものだろうか。

 

 

思えば東京駅の周りに駅が多すぎるのも問題だ。先日モネを見たことに触れたけど、その際は京橋駅でおりて美術館に向かい、帰りは日本橋駅から乗った。そのまた別の日には日比谷駅で降りて帝国ホテルに向かい、帰りは有楽町駅から帰った。今挙げた駅は全て東京駅周辺に集中していて、しかもすでに昔からの地名をしっかり由来にした駅名になっている。さらに北、西側に大手町、二重橋もあったか。そういえば最近二重橋駅にカッコで「二重橋(丸の内)」なんて表記になっているのを目にした。駅名にはなっていない地名「丸の内」という候補がさらに減ってしまった。

 

 

となると丸の内側の逆の出口、八重洲はどうだろう。調べてみると八重洲は江戸時代に住んでいたオランダ人ヤン•ヨーステンを由来にしているとのこと。そういえばそんな名前、聞いたことあったな。しかも東京駅のモデルはアムステルダム駅と言われている。江戸時代から(鎖国していたのに数少なく)縁のあったオランダを匂わせる「八重洲駅」。良い名前だと思うけど、どうでしょう

 

 

さもなくば、初心にかえって(?)、わかりやすく「江戸駅」か。江戸時代、サムライ好きの外国人観光客も喜びそうだし。

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Vol.304
2026 03/07 Sat.
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Monet Revisited

先日モネ展を見に行った。改めて考えると自分は結構長い間モネが好きでジヴェルニーの彼の暮らした家にも行く機会があったもので、それなりにモネの作品を見ている方だと思う。そんな私でも今回のは「いやあ、モネ見たなあ」と思えた。オルセーやオランジュリーにもこれほど多くのモネの絵がそろっていることは少ないかもしれない。というのは、あちらの美術館もしょっちゅう(今回のように)貸し出しているからなんだけどね。「モネを中心に印象派を」というパターンの展覧会は日本でよくあるけれど、今回のはモネに特化しているのも良い。ルノワール、ピサロ、コローなど、他の画家の作品もあることはあるけれど、全てあわせても20点未満じゃないだろうか。

 

 

またモネの時代と写真の発展を比較しているのも面白かった。ちょうど写真やカメラが普及していった時代でもあったようで、当時の写真を見ることもできる。モネがそれを見て「まだまだ絵画の時代よ」と思ったのか「おーこれは参考になるな」と思ったのかは知らないが、ただなんらかの感情は持ったことだろう。そしてその手の写真、実に味があってよい。今よりも画素数もレタッチも比べものにならないのにね。

 

 

以前はモネと言えば日傘をさす女性、あと港の風景画が好きだったんだけれど、最近は特に大聖堂の連作に惹かれる。朝、午後、夕方と、大聖堂が光によって大きく様相が変わる。モネがルーアンに滞在して大聖堂を描いているときに、奥さんに宛てた手紙で「すべてのものは変わっていく。(大聖堂の)石さえも」と書いていたという。彼が描こうと注視し続ける間に変わって見えたのか、彼の観察眼で石の変化に気付けたのか(変わるとは信じられないんだけど)。いずれにせよ画家にとって「何を見るか、何が見えるか」ということは非常に重要なのだろう。音楽家、演奏家にとっては「何を聞くか、聞けるか」ということになるのかな。

 

 

そういえば自分はヴェルサイユにもモン・サンミッシェルにも行ったことはないくせに、かつてルーアンにだけは日帰りで行ったことがあった。目的は二つ、作家フローベールの生家(博物館)を訪ねることと、先の大聖堂だった。しかし休日を確かめてから行ったのにも関わらず、フローベールの生家の方は臨時休業。大聖堂を見に行くとやはりモネの影響か、キャッキャと写真を撮る観光客であふれかえっている。当時ひねくれ者だった私は、荘厳なモネの絵のイメージに対して興醒めしてしまったのを覚えている。なんだか虚しくなって一人でバーに行き、名物のシードルを頼んだがそんなに美味しくもない。そのままイライラしながらパリ行きの電車に乗る、失意の旅であった。なお今ルーアンを再訪したら、自分もやっぱり大聖堂でキャッキャと言って、シードルもガレットも大いに楽しむ気がする。やはりモネの言う通り、すべてのものは変わっていく。

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