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Vol.091
2019 05/11 Sat.
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塞翁が馬?

ご無沙汰してます。
元気にしておりますが、久々のブログ更新となりました。
テニスボールで身体のコリをほぐせるって話を聞いて、3月半ばに背中をゴリゴリやってたら足に電流が走ったような感覚になりまして。坐骨神経に触ったらしいですね。(あとで聞いたらそういう人多いらしいです。皆さんも気をつけて)
決して痛いとか歩けない、とかではなく、普通に演奏もしてたんですが、やっぱりたまにしびれたり気になるもので、生まれて初めて整骨院に行ってみました。そうしたら色々助言いただいたり、地に立つ足の感覚が変わったり、怪我の功名というかなんというか、面白いことがわかりましたね。
ってわけでそういうのを改善してるうちに楽器との接し方も変わりました。まずは高く構えない、あとあまり固定させずに自由にさせる、遊びがあるというか。まだ慣らしている最中ですが、すごくヤリガイあります。今となっては整体やってよかったな、と思うほどです。残念ながら?五月はライブもやたら少ないものでじっくり取り組めそうです。あの頃下手にたくさんライブやらなくてよかったな、と後に思えるくらい、自分の理想の型に近づけたら嬉しいものです。

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Vol.090
2019 03/16 Sat.
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新たな編成

3/22に下北沢のCAC+というお店で初めてのメンバーでライブ予定です。昔からギター+ベース+αという編成が好きで、今回はもう10年くらいの付き合いになるバイオリンの川又瑞代さん。そしてギターは露木達也さんで企画してます。何かとバイオリンとライブすることがありますが、普段やらない組み合わせなもので楽しみです。
実はこれのみにならず4/17に四ッ谷三丁目のホメリでもライブ予定。ホメリもそれなりに昔からの付き合いですがとにかく音が良い。そしてコーヒーもパンもケーキもとても美味しい。本当にオススメのお店です。こんな楽器なもので早めに家を出る習慣が身に付いているもんで、ホメリのときには早くついたら自分もマスターのオススメのコーヒーを注文しています。
いずれもよろしくお願いいたします!

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Vol.089
2019 02/17 Sun.
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ルーアンを思い出す

先日知り合いがルーアンにいると知った。懐かしい。なぜか朗らかな気持ちになった。
考えてみるとルーアンに行ったことはあるものの、半日も滞在しなかったし、とても楽しかったかと言われると甚だ疑問であった。
ルーアンにはフロベール(小説家。個人的には20世紀最高の作家と言われるジョイスもプルーストもフロベールがいなければ存在しなかったと思う。ジョイスは伝記に少し触れたら強く意識していることがわかるし、プルーストの「スワンの恋」の章はまるで「感情教育」だ)の生家、そしてモネの大聖堂があるということで、あまり観光に興味ない私が在仏中に行った数少ないパリ以外の土地だ。
到着して大聖堂を見上げるもまわりの観光客が取り付く島もなく写真を撮っている。モネの大聖堂の絵は個人的には(やや大袈裟だろうが)ヨーロッパの精神の象徴のように考え、荘厳なイメージを期待していたためなんだか興ざめしてしまった。それならば、と30分ほど歩いてフロベールの生家に行くも夏のバカンスで閉館。当時はウェブサイトも何もなかったもので、悔やみようがなく、ただ不運と言うほかない。
ルーアン駅に戻る途中、Le temps de fleursを演奏している楽団を目にする。父に勧められた映画「黒猫、白猫」で聞いたことがあるものだった。(その半年後くらいにシャンゼリゼ劇場でその音楽担当していた、ゴラン・ブレコビッチのコンサートを見ることになるとは当時も知る由もない)
哀愁漂うメロディーから「ああ、自分が出て行ってから祖母は1人で元気に暮らしてるだろうか」などと家族を思い出した。
当時ジャムセッションも大抵バカンスで休み。入りたかった音楽院も夏休みで秋入学。富山弁なまりの日本語を話す、あるいは英語の得意なフランス人2人ぐらいしか友人らしい人はおらず、彼らともそんなしょっちゅうは会わない。日常的にフランス語で会話することは皆無に等しい。言葉を聞いてもわからないし喋れない、という状態だったもので「このまま滞在して、何が身につくのだろうか」と陰鬱とした気分になる。その時読んでいたのが永井荷風の「ふらんす物語」だったということも関係あるかもしれない。
せっかくだからと景気づけに駅前で名物シードルを頼むと値段は高く、1人で飲むには量が多すぎた。若干悪酔いしながらパリに帰る。

それだけのルーアン滞在であったのにも関わらず、なぜかルーアンの名前を聞くと懐かしさに頬をゆるめた。坂口安吾の言葉のとおり「人間の過去はいつでも晴天 らしいや」ということだろうか。不思議な感覚を得た。

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Vol.088
2019 02/03 Sun.
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平凡な、稀有な1日

2/2が終わった。個人的に私がある種の敬意を払う人達の誕生日だ。ハイフェッツ、クライスラー、ジョイスの3人。元々私は低音楽器ということもあり、チェロの音などを好んでいたのだけれど、自分から意識的にバイオリンを聞くようになったときにはやはりバッハのシャコンヌに惹かれた。で、その中でもハイフェッツのシャコンヌが1番魅力的に感じた。
シャコンヌやマタイ受難曲、ベートーベンの第九など素晴らしい曲は山ほどあるが、安っぽい音色でやられても心が揺り動かされるようなことはない。どれだけ完璧に譜面の音を再現しても機械の音ではBGMにしか聞こえないだろう。それだからこそ演奏の意味はあるし、責任もあると言える。そういう意味ではハイフェッツのニュアンスは私にとって最高の部類だった。CD屋などで「これ誰だろう?良いバイオリンだな」と調べに行くとハイフェッツ、ということもよくあった。
クライスラーも個性的なバイオリン奏者と思うが、正直に言ってハイフェッツほど心が惹かれることはない。録音が少ないのもあるかもしれないが。ただバイオリンの名曲を多く作った姿勢はすごく好ましい。何でも作る作曲家も魅力的であるが、一つの楽器にこだわるところに職人らしさを感じる。ラフマニノフ、ショパンしかり。
ジョイスは大学の頃に最も熱中した作家だ。モダニズム文学として、手法やアイディア、難解さなどを評価されることが多いが、何より彼のテーマが好きだった。人間は完璧でなく、聖と俗が共存して成り立っている。不倫におぼれる女性も過去を思い出し夫とやり直そうと決意することもあるし、特に面白みもない平凡な男が苦悩する青年を救うこともある。(このへんは長くなるので割愛。興味ある方はユリシーズなどをどうぞ)
いずれにせよこのような私のアイドル達が20世紀前半にはヨーロッパのどこかでこの日に何らかの形で誕生日を祝われていたのだろう。そう思うと何でもない1日が、稀有なものに感じる。また来年もこの日にはこんなことを考えてるのかもしれない。

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Vol.087
2019 01/23 Wed.
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山の手生まれの曲と赤坂氷川の話

昨日河野文彦君の全曲オリジナルライブを終えました。メンバー、関係者の皆々様お疲れさまでした。
彼との付き合い15年以上で、私にとってはかなり長い方でそれなりにオリジナル曲を理解しているつもりだけど、にしても全曲オリジナルっていう意気込みは立派だなあ、と思います。あとどの曲もメンバー全員参加という形もよかった気がします。たまにデュオとかもアリだとは思いますが、やはりライブ全体の一体感やバランスはずっと保てますね。
オリジナル曲は素直で正直なものが1番、とつくづく思います。自分もたまに作曲めいたことをやるのですが、表現に乏しいのですが、正直に作れなかったものはやはり根付きませんな。「なんか変化入れよう」とか「馴染みやすい形にしよう」とか妙な背伸びや妥協をすると、結局その曲に興味なくなっていくもんです。その点河野君の曲はさすがたくさん作曲しているだけあって、とにかく彼らしくて潔い。改めて実感しました。
で、今日はこれから赤坂でライブです。なんと年末からハマっている勝海舟邸宅のそば。早めに行って眺めてきます。あ、もちろんライブもよろしくお願いします!

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