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Vol.097
2019 09/09 Mon.
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日本橋

日本橋は好きな街です。橋はもちろん、あの広い通りと石造りの建築物と川。元々は魚市場だったということで今でも暗渠がたくさんある。
そもそも川ってのはいいですね。そりゃ海と比べたら狭いものに見えるけれど、歴史や人の生活に密着している。いわば社会的なんですね。川を渡れば別の土地というのは世界共通の認識だし、その川を越えて交流するために作られた「橋」というものも世界共通かもしれない。それに絶えず同じように流れているようで、土地と水の流れの影響でしょっちゅう流れる場所は変わる。まるで生き物のようだ。

大袈裟にいえば橋というのは最も原始的な交流の象徴であり、文化の象徴にもなりえるかもしれない。

さてそんなわけで(?)9/22に日本橋高島屋で14時、16時からクラシックのミニコンサートをやります。初めての編成、初めての人達と。どういうことになるのか楽しみです。よろしくどうぞ。

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Vol.096
2019 08/06 Tue.
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ナボコフのロリータ

ロリコンという言葉がある。幼女趣味のことだ。幼い男子を好むことは(たぶん)意味しない。ではロリコンの語源はというと「ロリータコンプレックス」になる。言うまでもなくナボコフの「ロリータ」という作品がモデルであろう。しかしロリコンという言葉が普及し、半ば冗談めかして使われることによって「ロリータ」の作品の価値は大きく変わってしまったように感じる。
思えば私も作品を読むまで「ロリータ」を明らかにロリコンの語源という印象を持っていた。ただの変態の小説でしょ、娘みたいに若い女を好きになるのなんて谷崎が「痴人の愛」でやったじゃないの、てな具合に。
しかし「ロリータ」と「痴人の愛」は全く異質だ。ナオミとロリータは全く別のタイプというだけでなく、小説の趣自体が違う。簡単に言うと「痴人の愛」の方はユーモラスに描かれていて、「ロリータ」はそういった要素は少なく、家族愛も感じられて悲しく切ない。
おそらく「ロリータ」がこれほど知れ渡りロリコンという言葉が有名になったのはキューブリックの映像の影響もあるのだろう。あの大胆な色使いと映像は人目をひいた。しかし実際の「ロリータ」はもっと暗いし残酷だ。
「いつか、僕が死ぬ前の最後の何日かでもいい、昔みたいに一緒に暮らしてくれないか?」というハンバート教授の懇願とロリータの返答は実に悲しい。正直言って年下の女の子を連れている男に「ロリコンだなあ」などと軽く言うのが不思議になるくらい、救いのない顛末である
思えば「カメラ・オブスクーラ」や「セバスチャン・ナイトの生涯」など彼の他の作品も残酷といえば残酷だ。ナボコフ自身の人生観らしきものがあらわれているのかもしれない。
とはいえ、ナボコフはアメリカ亡命後は面白い名物教授でもあったようだ。彼の残した文学講義では思うままに作家について語っており、彼がいかに文学を愛しているかわかる。「ロシアの真の小説家はトルストイであり、ドストエフスキーは劇じみてるだけで小説家ではない」とか、ただの批判ではなくある種の批評にもなりえるような分析は面白い。ロシアのブルジョワ出身ながら革命や戦争により財産や家族を失い、ヨーロッパ各地を経てアメリカに移り住んだこの作家にとって、文学こそが彼のアイデンティティーであったのかもしれない。

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Vol.095
2019 07/30 Tue.
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アメリカ文学と私との関係

先日お客さんと「学生の頃何していた?」という話から文学の話に。「英米文学科でしたがその頃はアメリカ文学を軽んじていましたね」なんて話をしたけれど、言った後に30歳を過ぎてからはアメリカの作家をよく読んでるかも、と思った。

「アメリカ文学は軽すぎてね。グローバルなアメリカ人だから評価されてるってのもあるし、オースターなんかより安部公房のほうが深いんじゃない?ハハハ」なんて明らかにアメリカの作家をバカにしていた学生の頃。改めて言い分を見てもそれほど愚かとは思わないのに、なぜ転向(大袈裟か?)に至ったのか。

①食わず嫌い、ただの偏見だった
②ドストエフスキーやプルーストみたいなやつに再度チャレンジ!という時間も気力もなくなってきた(そんな言い訳する中年にはなりたくなかったけど)
③軽さの魅力もわかるようになった。

というような理由のいずれか(あるいは全て)と考えられるけれども、私にとっては特にサリンジャーとヴォネガットの存在が大きいかもしれない。「ライ麦畑」や「スローターハウス」くらいは学生の時分にも読んでいたが他の作品に触れ始めたのが三十路前後だ。サリンジャー作品は神経症的な部分があり、ヴォネガットは罪の意識があらゆる作品にあらわれる。(プルーストがフロベール作品には「感情教育」と、ドストエフスキー作品には「罪と罰」と副題をつけられる、と評論で述べているが、その表現を借りるとヴォネガット作品の副題には「God bless you」とつけられるかもしれない)私自身にそういった要素に共感する部分があるのかどうかわからない。が、いずれにせよある時期から妙に好きになった。「フラニーとゾーイ」「ローズウォーターさん、貴方に神のお恵みを」「タイタンの妖女」あたりは繰り返し読んでいる。

そういえば学生の頃から唯一心底敬意をはらっていたアメリカ人作家がフォークナーだったが、サリンジャーと通じる部分があるように思える。一見アメリカ南部の田舎とコネチカット州という舞台は別物に映るものの、グラス家、コンプソン家といった家族を連作で描き、天才青年であるシーモア・グラスとクエンティン・コンプソンのどちらも不可解な自殺を遂げる(@「バナナフィッシュにうってつけの日」、「響きと怒り」)。サリンジャーはフォークナーを意識していたのではないだろうか。


年をとると改めて自分の好みが変わったりわかったりする。昔はそれほど興味を持たなかったヴォネガットやサリンジャーが好きになり、当時それなりに興味をもったアメリカ人作家ピンチョン、バースの作品は私の中に強く残っているとは言えない。
それほど興味なかったボルヘスやカルヴィーノなんかもいつの日か読んだら好きになるかもしれない。これだから年をとるのも悪くない。

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Vol.094
2019 07/19 Fri.
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安美錦引退について

元関脇、安美錦が引退。力士が40歳まで続けるのは立派だし、年齢を聞いただけでも多くの人は「たいしたもんだ」と思うだろう。
私が相撲を自発的に見始めた時、安美錦はすでに両膝にサポーターをまいていた。力勝負に向いていないことは明白で、土俵際で踏ん張ったりすることはしなかった(できなかった、と言う方が正確なのかもしれない)。しかしなんと言おうか、相撲を熟知したような取組は私のような素人から見ても特に面白かった。いくとみせかけて相手が出てきたところでかわす、逃げるとみせかけて下からつきあげる、土俵際まで追い込まれもうダメだと思ったところでくるりと回る、相手に押し倒されそうになっても自分だけギリギリ残る。単なる投げ合い押し合いではなく、土俵という空間を存分に使って勝負をしていた。
多くの解説者は「怪我さえなかったら大関になれたはず」と語る。本人は引退会見で「怪我があったからこそここまでやれた」と述べた。いずれにせよ怪我をしてからも三役に何度もなっていることを考えると、本人としても大関という番付以上の自負らしきものがあったのかもしれない。
幕内にいようが十両だろうが、相手が上位だろうが若者であろうが、安美錦の取組だけは私の目を惹いたし、それは私だけではなかったと思う。銭のとれる相撲、という言葉があるが、彼は最後の日までそれを行っていたと断言できる。引退自体は寂しいが、経験と技術と反骨精神にあふれた彼がどのような部屋を持ち弟子を育てるのか楽しみでもある。
おつかれさまでした、安美錦関。

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Vol.093
2019 07/09 Tue.
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パソコン復旧

先月末からパソコンだけWi-Fiを使えなくなってました。どうしてもパソコンじゃなきゃ、ということはなかったのでしばらく放っておきましたがようやく復旧。
どうやらshiftキーをおしたままシャットダウンすると良いらしいです。というかそもそもshiftキーをおしたままのシャットダウンこそが、真のシャットダウンでパソコンのリカバリーにもつながるとか。困った時には参考にしてみてください。

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