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Vol.323
2026 10/26 Mon.
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ゲゲゲの境港

先日の旅話のスピンオフみたいな話。時間の余裕があったため、島根県から脚を伸ばして鳥取県の境港市へ行った。地理的には出雲市の東が松江市、そのまた東が境港市となる。島根と鳥取の県境の港だから境港市。なんと安易な。

 

 

境港市といえば水木しげる。駅前からして鬼太郎だらけ、水木しげる本人や各有名なキャラクターの像もたくさんある。もちろんそれが目当てで行ったんだけども。

 

 

私はある時期から水木しげるの考え方や姿勢に興味を持っている。端的に言うと(パスカルみたいだけど)「人間も所詮は動物」ということになるかな。だからこそ「食事と睡眠が一番大事」で(氏は一日10時間は眠るようにしていたらしい)、「他と比べて嫉妬したり落ち込んだりするのは人間だけ」てな考えになるんだろう。

 

 

水木しげる記念館には彼の書いた文が名言集みたいに展示されている部屋もある。どれも同じような内容だが「言われたら当たり前だけれど、忘れかけていること」も多くてハッとする。興味があれば漫画の『昭和史』でも回顧録のような『幸福論』でも『ほんまにおれはアホやろか』でもなんでもいい、ぜひ読んでみてほしい。結局、根本は一緒なんで。『ゲゲゲのゲーテ』という本の最後に1960年代に彼が描いた短い漫画が載っていたので紹介する。

 

 

宮本武蔵がお茶屋でぼた餅を頼む。運ばれてくると「おれたちが先に注文したぞ」とガラの悪い町民達が取って食べてしまう。武蔵は武士たるもの怒ってはいけない、冷静に、と自分に言い聞かせる。それから何回か運ばれても「おれたちは3枚ずつ注文したんだ」とさらに取る。やがて武蔵は我慢も限界で町民とぼた餅を取り合うが地に落ちてしまい、カッとなり町民の耳を切ってしまう。その後ぼた餅が運ばれると恥ずかしくなり、武蔵はささっと食べて逃げるように出ていく。しばらくして「あいつに悪いことをした、なんであんなことをしたんだろう」と反省する。武士道とか偉そうなことをいっても、人の品位を決めるのは自身が満腹かどうか、にかかっているのだ、と考えるに至る。結局空腹であれば人も動物と同様に争うだけだ、と武蔵は苦笑する。

 

 

人間の理性とか良心などは結局のところ情況が決めている、という構造主義的というか、親鸞の歎異抄的というか(大袈裟か?)、まるでつげ義春の漫画のような読後感。実際空腹だったりストレスが強いと、どれだけ性根は平和的でも何らかの形で態度や対応に出てしまうこともあるだろう。誰かにイライラしてしまったり、あるいはまわりに迷惑をかけたくないとか思うならば、人について考えるよりも、自分が満たされているかどうかを見直す方が手っ取り早いのかもしれない。

 

 

ともあれ境港の街も楽しく過ごせた。その次の日、出雲のホテルの朝食バイキングでノドグロとか島根の名物が数多く並んでいたもので細かく取って席につくと、甥っ子から「恭平(なぜ敬称略?)は朝からよく食べるなー」と言われる。どっちが親戚のおじさんなのか。満腹が品位を決めるんだぞ、と、いつか教えてやろうと思った。

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Vol.322
2026 10/20 Tue.
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2026年、島根の旅

10月初旬に法事で久しぶりに出雲へ行ってきた。出雲では10月を神在月と呼んでいるが、おそらく本来は旧暦で数えていたはずだから11月らしい。

 

 

『出雲』という曲を演奏するときに紹介がてら触れることが多いけれど今一度。自分の父方の祖父母は二人とも島根県出身で、祖父は日本海寄りの出雲と松江。祖母は広島寄りの今は飯南町と呼ばれるあたりで生まれ育っている。

 

 

幼少期、夏休みに親戚の集まる祖母の生家で過ごすことが多かった。納屋や倉庫のある庭でかくれんぼをしたり、裏庭で蛇や蛙も頻繁に見つけたのも良い思い出だ。家の周りは田んぼが広がるばかりで夜には蛍も見える。もう長らく訪れていないが、今でも間取りはなんとなく思い出せる。

 

 

一方、出雲。こちらは灯台で有名な日御碕というところに墓があるので必要に応じて行っている。日御碕と出雲市駅の中間くらいのところにあるのが出雲大社だ。出雲大社は縁結びの神様、ということで出雲空港はいつからか<出雲縁結び空港>という愛称になっている。古事記、神話の舞台としての出雲よりも、パワースポットとして話題になった頃からだろうか。そういえば私の母が生まれ育ったのは東京都目黒区の八雲なんだけど、ここも元々は出雲大社の分社があって(ヤマタノオロチを倒したスサノオが詠んだ「八雲立つ」で始まる和歌から)八雲という地名がついたとか。ついでに父と母が結婚式を行ったのも出雲大社だ。それこそ、なんだかんだと縁があるといえる。

 

 

そのスサノオの義理の息子がオオクニノヌシで、オオクニノヌシを祀ったのが出雲大社。オオクニ(大国)がダイコクと呼ばれるようになり、やがて七福神の大黒様になったという。お腹が出てニコニコしてるあの大黒様が縁結びの神様?商売か食欲の間違いじゃなかろうか。

 

 

出雲市の隣には県庁所在地の松江市があるが、元々は出雲国松江藩であった。結城秀康の子、つまり徳川家康の孫である松平直政が藩主になったのだから一応由緒のある土地だ。名物といえば松江城とシジミの宍道湖、あとはお茶と和菓子かな。中国地方の日本海側は夕日が実に綺麗で(先に触れた日御碕もその例には漏れない)、宍道湖で日の沈む様子を見られたらと思ったけれど生憎の曇天。スサノオやオオクニノヌシのモデル(おそらく当時の権力者?)も、松平直政も眺めたであろう風景を目にしたかったが残念。

 

あと、帰りの空港に向かう前に出雲市駅でお弁当を探していたら、個人的には出雲蕎麦よりも評価したい焼き鯖寿司の最後の1つを目の前で取られてしまった。一応出雲大社でもお参りしたはずだが、宍道湖の夕日と焼き鯖寿司に縁はなかったようで。とはいえ久々の島根もなかなか楽しかった。

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Vol.321
2026 10/17 Sat.
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Isn't Chou Lovely ?

かつて祖母と父と三人で暮らしていた頃、祖母が関西に行くとかで、夕飯を自分が支度したことがあった。父が帰ってきた時に主食として食パンを2枚焼いて出したら、父は(文句は言わなかったけど)あっけにとられていた。それを後日、祖母に伝えたら「夕御飯にパンを出すなんて!」と怒られた。

 

 

自分としては不思議だった。なぜ食パンは朝と昼は主食になるのに、夜だと認めてもらえないのだろう。麺類の夕飯は許されるのに。

 

 

偏った見方かもしれないが、自分はパンの方が麺類や米よりも汎用性は高い主食だと信じている。レストランでパンかご飯か選べる時はたいていパンを選び、最後にソースを拭き取る。「いやいや、ご飯の方が何にでもあうでしょ」と思った貴方。ではご飯にアンコをのせて食べますか?パスタやジャガイモにハチミツをかけられますか?パンならそんなこともできるんです。

 

 

とまあ、自分のパン贔屓はこれくらいにして。汎用性といえば、先日キャベツはすごいなあ、と思った。例えばコロッケでもヒレカツでも揚げ物の横にあれほど自然に添えられる野菜は他にない。しかも洗って千切りにしてソースをかけるだけの簡潔さ。刺身の横に添えて醤油で食べても美味しい。カレーにいれる地方もあったし(北陸だっけ?)、千切りがあわないものもそんなにないんじゃないか。そして極端にいえば千切りどころか、包丁すらいらないこともある。キャベツをちぎってごま油と塩につけるだけでも美味い。海苔なんかまぶしたら最高。

 

 

生以外でも焼きそばに入れてもいいし、おでんやシチューにもよく合う。常に脇役と思いきやロールキャベツという主菜にもなりえる。さらにみんな大好きな国民食、餃子とお好み焼きもキャベツ抜きには考えられない。

 

 

これだけ優秀な野菜でありながら(特に冬は)本当に腐らない、傷まないというのも素晴らしい。横に添えられた時はごく自然に振るまい、餃子やお好み焼きの時にも「私がキャベツです!」という主張もそれほど強くない。でも揚げ物の横にないと、ヤキソバに入っていないと、どれだけ寂しいことか。いずれにしても必要に応じては主役にもなれる、名脇役といったところか。謙虚で慎ましいところも憎い。「好きな野菜はキャベツです」とはあまり聞いたこともない。

 

 

そういえばフランス語でキャベツはchouといって、シュークリーム(フランス語ではchou à la crème)のシューもそれだ。俗語としてchouには「可愛い人、子」という意味もあり、chouchouというと学校の先生に気に入られるような「いいこちゃん、優等生」みたいな表現になる。'Petit Nicolas'の中でも「あいつ、chouchouだからさ」とか子供同士のケンカもあって微笑ましい。

 

 

となると、フランスのキャベツは日本のキャベツよりも、やや承認欲求が強いのかしらん。

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Vol.320
2026 10/08 Thu.
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コントのような話

例えばある上司が部下に言う。「君の言うX案は見通しが甘い。Y案でいかないと」やがてその上司よりも上役が来て「積極的にX案でいこうか」と言うと、先の上司は「私もそう思います」なんてヘラヘラと調子をあわせる。

 


コントなんかでよくある展開なんだろうけども、これで最初に出てくる上司が笑われることにより<可愛い、愛すべきキャラクター>みたいに扱われるのがどうも不思議だ。貧しい人が転べば可哀想だが金持ちが転ぶと笑いになる、と言ったのはモリエールだったっけ?きっとそういう要素もあるんだろうけど。

 


ちょいと長い話になるけども。かつて一ヶ月ほどパリに滞在したときに、あるギタリストAから「イベントで演奏することになっているからベースもっておいで。一緒に演奏しよう」と誘われた。当日、会場に行ってその旨を伝えると楽屋に案内され、そこには自分と同世代の(一見、輩みたいな)ギタリストBがいた。顔と名前は知っていたが初対面だったので挨拶をすると、なぜ楽屋にきたか聞かれて「Aに誘われて来た」と答えるも、信じていない様子だった。さらに国籍を聞かれて日本と答えると、やたらと「中国語でこれ、何て言うの?」と何かを指差しては聞いてくる。中国語はわからない、と答えても何度もニヤニヤしながらくだらない質問を続ける。「幼稚な差別だなー」と流していたら、約束をしていたAが到着。我が物顔で控え室にいたBは「お久しぶりです」なんてペコペコと挨拶をし始める。Aが私のことをBに「昨年東京に行ったとき、ラジオ局で彼と一緒にライブしたんだ」などと紹介すると、私に対する態度も変わる。イベントが全て終わった後、帰り際にBから「素晴らしいベースだった、いつか日本でもぜひ」とウィンクされた。無視した。

 


きっと今も彼は活動しているんだろうけど興味ないので知らない。とりあえず差別主義者ならそれらしく最後まで差別的対応を取り続けろよ、と思った。(同じジプシーの、そしてギタリストの)先輩の知己ってことだけで敬意を示す、その軽薄さの方が気分悪かった。「Aさん、なんでこんな黄色人種と仲良くしているんですか、見損ないましたよ!」くらい言えば仲良くなれたかも。(いや、ならないけど)

 

 

そんなわけで。礼儀を重んじるのは当然として、体育会系というかマッチョ主義?というか、目上の人に無条件で服従する文化なんて本当にくだらない。そういや反社とかアウトロー、不良の世界もそんなのばっかだよね。長いものには巻かれない、みたいに振る舞いながら、中身はバリバリの権力社会。

 

 

そんな話を先日友人としたら「お前、サラリーマンにならなくて本当よかったね」と笑われる。「いやいや、立身出世したかもしれないぞ」と言い返そうと思ったが、考えてみたらこんなことを言っている奴こそ、いわゆる縦社会にハマっていくのかもしれない。いや、今だって実は、と思い口をつぐんだ。

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Vol.319
2026 09/29 Tue.
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The rain in September stays mainly longer

九月の雨は長く残ることが多い。マイ・フェア・レディの例文みたいなことを書いたけど本当だろうか。こんなに九月って降ったっけ?というほど雨天続きであった。地域によっては被害も出ている。なんということか。

 

そんなに雨を嫌っているつもりもないけれど、ここまで続くとさすがに困る。北欧は季節によって一日の数時間以外は日が出ずに暗いため精神的に弱る人が多い、とノルウェー人から聞いたことがあった。さすがに今回自分が弱ったとはちっとも思わないけれど、たまに日が出ていたり空が明るかったりすると妙に気分が上向きになったりしたもんで、その話には大いに納得した。

 

 

さて自分はあまり雨天の影響にあうことは少ない気がしていたが、今月はたぶん初めての<荒天中止>を経験した。今まで野外イベントなどで台風とか雨とか予報が出ていても「まあなんとかなるでしょ」と構えて過ごしていた。日にちが近づくにつれ雨雲や台風が遠ざかったり時間帯がずれたりしたものだったが、今回は悪い予報が出た後、時間も進路もほぼ変わらなかった。そんなわけでさすがに数日前になると頻繁に天気予報をチェックした。そうか、今までは皆さんこんな面倒なことをやっていたのか。いやはや、ご苦労様です。

 

 

ともあれこれで悪天候による中止を体験したことになる。今まで「お気の毒に」とか思うことがあっても自分は体験してないものでどこか他人事だったと思うけど、もうこれからは心をこめて「お気の毒に」と言えるかもしれない。言われた方からすれば、うるせーよ、という話だけども。

 

 

一日は荒天中止だったが、その前日は演奏が行われた。湿気で楽器の状態はよくないし、雨音やぬかるみで演奏しやすい環境ではないけど、思えば稀有な経験であった。集中力が増す、と言うと「普段から集中しろよ」という気もするんだけれど、違う意識で演奏に向かったというか。たぶん聞いてくださった方々もいつもとは違う聞き方だったのだと思う。不思議な空間でなかなか面白い体験ではあった。またぜひやりたい、とはちっとも思わないけど。演奏後いつも以上に疲れた気もするけど、それも環境のせいなのか、意識のせいなのか。

 

 

あと雨の中来てくださった方、立ち止まり聞いてくださった方、足元など環境を気にしていただいた方などなど、色々な恩恵を感じた時間であった。こういう悪条件下だといつも当たり前のように感じることも全て余計にありがたく思える。

 

 

We wouldn’t appreciate the good days without some bad ones.という言葉のとおり、悪い日があるから良い日の価値を知るというやつかな。悪条件もたまにはいいんだろう。あくまで「たまには」、ね。

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