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Vol.212
2023 01/27 Fri.
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本ウェブサイトについて

このウェブサイトの製作者、管理者と昨年から連絡をとっている。「リニューアルしたい」との話。
おや、そうかい?よくまわりの人からは「素敵なウェブサイトですね」などとお褒めいただくし、このままで何一つ不満ないけど。などと返すも、どうやら新たなドメインを取得する必要があるとのこと。そして彼が言うには「今の自分のプログラミングの能力、デザイン能力は(ウェブサイトを作った)2016年の頃よりも上がっているから、今の方が良いものを作れる」と。
なるほど、プログラミングやデザイン処理というのもそういうものなんだな。私自身も「あのときの録音、今ならもっと良くできたのになあ」などと思うことが頻繁にあるもので、そういう気持ちはよくわかる。現実はともかく、極端に言うと明日の自分は前日よりも上手い、と思い込みたい方なので(そりゃ、食べて寝るだけで上手くなるとは思わないけど)、正直言って録音したものの出来に満足していたことはない。どんな世界も通じるのかもしれないね。
ともあれ彼の心意気もありがたいし、敬意を払いたいしで、そのうちこちらのウェブサイトもリニューアルされる可能性も高い。どうかお楽しみに。あ、ベイスターズ応援の裏サイト(?)は残りそうなので、あれが好きな方はご安心を。
リニューアルに伴い音源でも作ろうか、などと相談中。そちらもお楽しみに。

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Vol.211
2023 01/13 Fri.
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ジェフ・ベックの訃報について

ジェフ・ベックが他界した。急な病によるものとのこと。
高校の頃にギターを弾く友人からジェフ・ベックのすごさを熱心に説かれ、自分も好きになった。ちょうど来日もあったことで聞きに行った。持ち替えたりすることなく、ひたすら白いストラトキャスターを引き続け、メンバー紹介もせずに最後に「アリガトウ」と声を出しただけだった。曲の合間に若い女の子がモニターに映ると「ケータイ、オシエテー」と叫ぶミック・ジャガーとは大違いである。(それはそれでとても素敵なことだけど)
ギターの音色は実に深いものだった。爆撃のような音から軽やかな歌、しまいにはささやくような声まであらゆることをギターで表現していた。当時作ったばかりのテクノ調の曲からブルース、「哀しみの恋人たち」に「A Day in the Life」まで(思えば私はビートルズのものよりも先にジェフ・ベックで知ったのでかった)、さらにはBlue windのような曲といい、ギターだけ(しかも全編右手も指弾き!)でここまで世界観を示せるのかと感激したことを今でも覚えている。
その後も雑誌のインタビューなどもよくチェックした。あの時代のミュージシャンにしては珍しく、あまり同時代のミュージシャンを褒めもしないし、批判めいたことも言わないのが印象的だった。今思えば、言う必要もなかったんだろう、自分と比較できるようなタイプもいないんだから。タッピングという奏法について「たまにやる分には楽しいけど、あまりやると見飽きた手品みたいになるね」などと語っていたっけな。あと聞いている音楽についても「ブルガリアの聖歌隊に熱中してる、彼らのヴィブラートは自分のギターそっくり」などと、意外なこともあり、読者としては楽しめた。思えばその後、私が関わることになったスタイルを生んだ、ジャンゴ・ラインハルトの名を知ったのも彼のインタビュー記事からであった。
作曲もせず、歌も入れず、ただ自分の好きなスタイルや楽曲をレパートリーにして弾き続ける。多くのギタリストが作曲やアレンジ、新たなバンドスタイルやユニットなど、「音楽家」になろうとする中、あくまで「ギタリスト」であり続けた存在であった。しかも(インタビュー等では家ではアコースティックギターを弾くと述べているものの)基本的には一本のエレキギターでほぼ全てのステージをこなしたと言えるんじゃないだろうか。しかも聴衆を選別したり、見下すようなスタイルではなく、おそらくインストの音楽で個人の名前で集客し続けた数は世界でも有数だろう。(マイルス・デイビスもホロヴィッツもピアソラも、ジェフ・ベックに比べたら認知はされていないのではなかろうか)
孤高かつ自由、そして長年活躍し続けた、本当に稀有な存在が消えてしまった。ある時期から彼のベーシストとして活躍し始めたタル・ウィルケンフェルドの追悼コメントがちょっと現代的で、なお愛情があってよかった。
「(ジェフが)私のことをまるで本当の娘のように扱っている、と長くWikipediaではまことしやかに語られていたようだ。実は私もそう感じていた」

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Vol.210
2023 01/06 Fri.
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2023の渋谷

新年明けましておめでとうございます、今年もよろしくお願いいたします。

昨年は最後の最後の年の瀬にもアタフタとしたが、まあ色々あった一年のおまけみたいなものだと思うことにする。
新年になり、外に出る用事があったので、渋谷まで脚を伸ばしてみた。渋谷に来ても楽器を持っている時は目的地に直行するし、たまに時間あっても楽器屋かCD屋にでも足早に向かうことが多いものだが、その日は特に長時間つぶす必要があったもので12月に開店したばかりのレコード、CD店に行くことにした。その店は2020年に閉店し、2年後の昨年末に再び渋谷に出店したのであった。以前の店舗の時にもたまに立ち寄っていたので、挨拶がわりに行ってみようと。
するとさっそく、そもそもビルの位置からして間違えた。109という名のビルが新たに乱立しているとは知らなかった。そこの6階に向かうと広いスペースにレコードがやたらたくさん置かれており、CDはほとんどなかった。私はレコードを聴く手段を有していない。やれやれ。しかしまあせっかく開店したのなら繁盛してほしいものだ。
同じ階の向かいには漫画、アニメのワンピースの専門店があり、老若男女問わず結構な人だかり。レコード屋の方は私を入れても2人、店員を含めても6人ほどしかいなかった。私もワンピースをいくらかは読んだことはあるし、人気があることは理解しているが、世界中の100年におよぶ音楽の録音物とここまで差がつくとはね。
ビルから出た後、改めて渋谷の駅前を眺めた。そこらじゅうのビルにスクリーンがついており、各々が様々な宣伝映像を流す。軽く数えただけで6つはあったかな。こんなに煩雑に飛び交っていて人間の脳は認知できるのだろうか、とも思うけれど、おそらくそういったことも考慮した上で映像を流しているのだろう。かつてリュミエール兄弟の流した汽車の映像に、驚き慌てふためいた人々はもう存在しない。
歩みを進めると、ビルのふもとにずっと昔からある天津甘栗の店。大量の栗を炒る匂いは妙なほど香ばしかった。

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Vol.209
2022 12/22 Thu.
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長い長い厄年

12月に入ってしばらく体調を崩していた。関係者の方々、ご迷惑をおかけしました。

今年の夏から数ヶ月指を痛めていて、いつ完治するかわからないもので、新しいことに取り組むこともできなかった。で、指が落ち着いたと思ったところで何年かぶりに体調も崩したことになる。ろくなことない。厄年みたいな下半期だった。

まあそんな中、久しぶりに楽器を購入。持っている6弦ベースに満足しているし、ジャズベースらしいイメージの音は出せていたが、最近はプレシジョンベースの音色に興味を持ったもので。最近作られたものから古いものまで色々弾いたけれど、フェンダーUSAのPJ(プレベとジャズベのピックアップがついている)ベースというのを購入した。もちろん音の好みなどもあったけれど、自分の好きなベーシストが使っていたもの(つい何年か前からか、フェンダーの70年代物のプレベに持ちかえたらしい)とよく似ていたのもある。まあ、そういうのってありますわな。さっそく数回、あいそうな現場で使ってみたが、まだまだ新しい楽器なので機会を増やしたいものだ。

 

 

 

体調を崩している間、なぜかフォークナーの「アブサロム、アブサロム!」を読みたくなり、原書を手に取るも簡単に読めるわけもなく、自分の英語能力の低下が嘆かわしいばかり。翻訳を探そうと近所の本屋にいくも見つからず。やれやれ、やはり厄年か?仕方ないのでフォークナーのインタビューを読んでみると、endureとprevail という表現を頻繁に使う。忍耐と打破。まさにフォークナーの作品らしい表現のような気もする。
どれだけろくでもない年も、実りのない時間も、なんとか耐え忍び、打破しないといけない。こんな文句ばかり書いているけど、おそらくこれが年内最後の文章になるかな。今年もお世話になりました、来年もよろしくお願いいたします。

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Vol.208
2022 11/29 Tue.
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太っちょのおじさん

最近珍しくパーティー演奏が続いている。コロナ禍になってからこれほど多いのは久々である。いよいよ日常に戻ろうとしているのかな。
ある演奏のときに太っちょのおじさんが大いに喜んで聞いてくれていた。太っちょのおじさん。なぜか昔からそういう人には好感を抱く。食いしん坊そうで、おそらく奥さんに食べ過ぎだとか飲み過ぎで、小言を言われてそうなおじさん。なぜか、と聞かれてもまともな答えはないのだけれど。

太っちょ、と言えばサリンジャーの「フラニーとゾーイ」を思い出した。フラニーは才能ある若い女優なのだが、劇の世界に没頭したあまり神経症になる。どれだけ演じたってお客さんには伝わっていない、偉そうに語る批評家も、ただ内輪で盛り上がりたいだけで、実は劇や演技の本質には興味を持っていない。皆に天才などともてはやされるけど、私はなんのために役者をやっているのか。もう辞めてしまいたい。
このように悩むフラニーに対し、兄であるゾーイは励ますように、叱るように話し続ける。その対話の中にゾーイの思い出として出てくるのが「太っちょのおばさん」である。彼らは兄妹そろって子供の頃から天才児として、ラジオに呼ばれたりしていたのだが、そのときによごれた靴を履いていたゾーイに対し、長兄のシーモアが「靴を磨いてから履いていけ」と言う。ゾーイは言い返す。「あんなラジオ番組、僕らを面白がってるだけだし、何の価値もない。ラジオなんだから靴なんか誰もわからない」と。それに対し「きっとこの国のどこかに、今日のラジオを聞いている太っちょのおばさんがいる。その人のために靴を磨くんだよ」とシーモアはニヤッと笑う。

このエピソードはこの小説の肝にもなっているのだが、私個人的にもある時期から(特に)芸事の指針めいたものになっている。というか、この作品を知っていて、芸事に関わっている人はたいていそうなんじゃないかな。実にサリンジャーらしい、良いエピソードだと思う。ま、問題は私がフラニーやゾーイと違って天才などではなく、凡人にすぎないことはまた別のはなし
精通する人や特別な人(だけ)に向けるのではなく、たまたま通りかかるような「知らない誰か」のためにこそ準備して向き合いたいものだ。太っちょのおじさんを見てそんな初心めいたことを改めて思い出した。

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