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Vol.303
2026 02/15 Sun.
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At least not today

昨年に続き、数学の問題を解き始める。受験が終わったばかりの時期でネット上に問題とその解説があふれているからだ。親に習い事としてやらされていた頃は好きではなかったけど、時間が経つとのびのびと楽しむ、というような話に近いのかな。クイズのようにやっていて、解けても解けなくても楽しい。

 

 

この寒く、風邪もインフルエンザも流行る中、受験に勤しむ学生もそのご家族も大変だ。お疲れさまです。自分は人生で一度、高校受験しかしていないもんで意外と記憶していて、全体を通して面白い経験をした気がする。それも結果がよかったから言えるんだろうけど。

 

 

自分が受けたのは4校だった。志望順に大学付属高校の私立2つ(A.Bとする)、国立の高校が1つ(C)。もう1つを悩んでいたとき、塾の先生から開成高校というところを受けるよう薦められた。開成はとにかく数学が難しいことで有名で、得意な人でも満点はまずとれない。受験は7割弱が一般的な合格ラインと言われていたのに、開成の数学だけは5割前後でも合格に達することがあったとか。数学が苦手で英語と国語で点数を稼ぐ自分向きだったからだろう。

 

 

一応願書を取りにいったけど、たまたまその日は天気も悪く学校自体もすごく暗く見えて、なんだかあまり行きたいと思えなかった。結局、開成の受験日には別の私立(D)を受けることにした。それを伝えると塾の先生から「なるほど。君は開成ではなくDを受けるからには、そこにただ合格するんじゃなくて、トップ合格するくらいの気持ちでいきなさい」と熱く言われ、自分も期待に応えようと「わかりました!」と答えた。

 

 

勘の良い方はお気づきかもしれない。Dの高校あっさり落ちましてね、ええ。そんなものです。手応えはよくて「まあ大丈夫でしょ」と思っていた。数学で試験用紙と共にわら半紙を渡されたけど、意外とスムーズに進んだので計算のメモ程度にしか使う必要がなかった。すると試験後に友人から「いや、解いていく過程をしっかり書かなきゃダメだよ。名前も書かせて(学校が)回収するってのはそういうことだろ」と言われた。それが落ちた理由かどうかはともかく、彼の言うことはまぎれもなく正しい。そんな彼はちゃんと合格していた。おめでとう。

 

 

Bの高校はたまたま例年より数学がだいぶ簡単で他の科目もよくできたし「これは余裕だろ」と思っていたらここもダメ。中学の成績をみる(自分は美術が5段階で2だった)、とか言われていたけど理由はわからない。Cは受験が終わった時点で「こりゃ厳しい」と思った。で、やっぱり落ちてた。

 

 

第一希望のAだけ受かった。よかった、よかった。しかしそこは逆に手応えはあまりよくなかった。希望順(ABCD順)に感触と結果をまとめると以下のようになる。

 

A→自信あまりなし→結果○

B→自信かなりあり→×

C→自信なし→×

D→自信ややあり→×

 

結局受験を通して学んだのは「自分の感覚なんてアテにならない」という事実だった。自信があろうがなかろうが、結果には関係ない。自分の感覚や意気込みなんかとは別に現実は動いている。魯迅さんのいうやつですね、希望をもつのも絶望するのも、虚妄という意味では同じ。いずれにしても現実ではなく空想の一種ならば、できる限り前向きに過ごした方が精神的には良いかもしれない。将来何かしらの形で「結果的に正解」になる可能性もある。

 

 

そんなわけで受験生、ご家族の皆さん(読んでいるのか?)、塞翁が馬、水物というやつで、何があるかわからないもんです。とにかく体調に気をつけて乗りきってください。余談だが、先のDを受けた際の友人もAが第一志望だったもので、同じ高校、しかも同じクラスになった。今でもたまに会っている。もちろん当時はこんな長い付き合いになると考えてもいなかった。世の中はときに不思議なことがおきる。数学の問題とは違って。

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Vol.302
2026 02/06 Fri.
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僕の話は長い

宣伝のような報告もろもろ。

 

1/16よりオンラインショップができました。今のところは自分のデザインした猫のトートバッグ、Tokyo Django CollectiveのCDを扱ってます。送料等はかかりますが、遠方の方、ライブに来られない方はどうぞ。(ちなみに今回トートバッグの写真ではモデルの方では予算があわず、一般の通りすがりの方にお願いしました。いつか本職の方に依頼したいものです)

 

https://market.feelgoodsoiree.com/

 

 

あと昨年11月に来日していたビレリ•ラグレーンのインタビューを担当したアコースティックギターマガジンが1/27に発売。自分としてはおそらく全ての演奏家の中で最もよく聞いている人で、そんな人にインタビューする機会を大胆にも(ギタリストでもない)自分に任せてくれた、アコースティックギターマガジンの編集の方々には頭が上がらない。誰かのインタビューや面会の際に「あなたの音楽をずっと聞いてきました、大好きです」なんて、まるで阿るような挨拶をしたのは初めてのことだった。もちろん機嫌をとったつもりも毛頭ないけど。ともあれ彼の魅力が伝わるインタビューになっていると嬉しいです。よろしくお願いします。

 

https://amzn.asia/d/07OZL8xz

 

 

さてこのインタビュー、先にも言ったようにギタリストでもない自分が行えたのは、縁を作ってくれたギタリスト達と編集部の方々の懐の深さのおかげなのは第一として、何よりフランス語ができたことが大きいと思う。一番好きな音楽家とじっくり話せる時間なんて実に少ないことで、本当に幸運に恵まれた機会であった。そう考えるとフランス語を学んでいて良かったと思うし、それも縁なのかなあ、と実感する。(とはいえ、ビレリ氏は英語も充分理解できていたけれど)

 

 

自分が高校で第二外国語を選ぶときになんとなくフランス語を選んだ。元々両親が文学部の仏文科出身であったこともきっかけだったかもしれない。その後、大学では英文科だったものでフランス語が身近だったわけでもないけれど、フランスの作家も好きだったものでそれなりには触れていた(つもりだった)。その後フランスで暮らして身についたということになる。

 

 

渡仏してからみるみるとフランス語を習得したか、というと、そうでもない。読み書きはまだしも、会話がとにかく苦手だった。最初はあまりに通じないから英語のできる人を探してばかりいたし、数少ない英語の得意なフランス人の友人に「(もうこっちきて3か月くらい経つけど)フランス語、学べてるの?」と心配されたこともあった。

 

 

思えば最初の3、4ヶ月はフランス語に馴染まず、ある時期からふと変わった気がする。学校か役所で自分の電話番号を口頭で伝えたときにスタッフの人に「発音いいじゃん」と微笑まれた。そのときに「あ、そういえば、数字(フランス語の数字や電話番号は独特だ)を考えずに言えてるや」と思った。日々実感するでもなく、いきなり一気に理解、でもなく、気づいたら無意識にできている。成長というのは概してそんなものなのかもしれない。機会あればそんなフランス語を学んだ過程でも書きますかね。告知のついででこれなんだから、かなり長くなるだろうけど。

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Vol.301
2026 01/23 Fri.
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Bridge Over Troubled Things

一ヶ月前くらいから運動として、ブリッジをするようになった。両手両足で身体をそらすアレです。最初のうちは頭頂部を床につけたままでもきつかったけど、だんだんと出来るようになって今は一分くらい。それを一日何度かやっている。肩も背中も足も膝も色々なところが伸びるから、身体がこっているときにはよく効く。

 

 

その際に時間を計りがてら短い曲を流していて、ふとサイモン&ガーファンクルのFeelin' Groovyを流した。いやあ懐かしい。

 

 

それから彼らの曲を聞きたくなっていくつか流してみた。実は自分が最初に熱中した洋楽の歌手(グループ?)といえばサイモン&ガーファンクルであった。聞き始めたのは小学生の終わり頃で、父親にベスト盤みたいな一枚のCDを買ってもらった。その頃は週末に家族で車で移動することが多くて、自分のリクエストで車の中でもよくかけてもらった。

 

 

 

その後10代後半くらいになって映画が好きになったころ『卒業』を見た。音楽は全編サイモン&ガーファンクル。(あの)Mrs.Robinsonってこのとんでもない女なのか、と思った。またボブ・ディランに興味を持った頃にもサイモンがディランに対してすごく敬意を払っていることを知り、『時代は変わる』がカバーであることもその時に気づいた。あ、そうそう。あとウディ・アレンの『アニー・ホール』にも有名ミュージシャン役として出てきたのもあった。あ、サイモンだ。くらいの感覚だった。

 

 

かつて熱中していて、決して音楽的に嫌いになったわけでもないのに、なぜか聞かなくなっていた。単純に他のことに興味を持ったのもあるだろうけど、思い当たる理由が一応ある。それは彼らの音楽によるものではなく、個人的な体験が大きい。実は熱中して聞いてきたのは特に辛いことが多かった時期で、先の家族での車移動も決して楽しい理由によるものではなかった。よくありますね、昔の彼女彼氏と聞いていた音楽、行っていたお店や空間から距離ができてしまうとか。もちろん小学生の失恋ではあるまいが、まあ似たようなものなのかな。

 

 

 

で、久々にいくつか聞いてみると、やっぱりいい曲だな、と感心する。AmericaとかI am a rockとか実に懐かしい。当時はわからなかったけど、総じてアレンジにすごくクセがあるように感じる。『冬の散歩道』は唐突に曲が終わるし、『明日に架ける橋』はあんなバラードなのに途中とエンディングに「ドラム、どうかしましたか?」ってくらいシンバルが鳴り響くし、エフェクトも深くかかっている。意図したことなのか、仕方なくなのか、どうなんだろう。

 

 

とはいえ、それらの曲もとんでもないくらい売れたのだから文句はないし、結果的には大成功の斬新なアレンジということになるのかな。なんとなく物静かなイメージだったけど、意外にも色々な音が細かく入っていたのも新鮮だった。聞かなくなった理由はともかく、今にして思えば色々辛かった頃の自分を一応は支えてくれた音楽だったんだろう。しばらく聞いてみようかな、という気もしてきた。別に今そんなに苦しいわけでもないけど、それこそ少し身体がこっているときのブリッジみたいに、feelin' groovyを目指して。

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Vol.300
2026 01/13 Tue.
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花咲く男子達のかげに

たまたまなんだけど、この一ヶ月くらいで母校二つに足を運んだ。先月初めに大学、つい先日に高校。大学はフランスからきた友人と神楽坂で会う予定で「その前に散歩でもする?」みたいなきっかけで。高校の方は最寄り駅から何駅かのところで新年会めいた集まりがあったから、集合時間の前にささっと散歩がてら。ごくたまに「今はあのあたり、どうなってるかな」などと思っていたが、きっかけがあれば意外と行動につながるものである。

 

 

どちらも共通しているのはやっぱり学校までの風景は大きく変わっている。記憶のない店などが多くできているし、以前に何があったか忘れてしまっているものも多い。高校の方になると普段縁のない私鉄なもので駅構内のデザインなんかも大きく変わっていた。不思議なのが風景がそれなりに違うのに、それでも懐かしい。視覚というより足の記憶なんだろうか。僅かな路面の起伏や坂道を歩くだけでも、なんらかの形で記憶を刺激するのかもしれない。階段の段差につまずいて記憶がよみがえったというプルーストの描写はやはり正しい。

 

 

校内を覗くとあまり変わらないところも多くて、そちらは紛れもなく懐かしかった。しかしこの30日くらいの間に10代後半から20代前半までを過ごした地域を立て続けに訪れるとは。なにかしらの人生の節目を迎えつつあるのだろうか。さらに20年くらい経って見たいと思うかどうかもわからないし、もしかしたら今回が最後なのかもしれないね。まあそれでもいいけど。

 

 

高校の駅の近くに焼き鳥を売ってる肉屋があって、焼き鳥を頼むと「かしら、きれた」「皮、ない」などとぶっきらぼうに売る兄ちゃんがいた。しかもたまに生焼けで渡してくる。(今ならクレームひどそうだ)当時から「あの人、態度悪いよな」などと友人と文句を言いながら笑ってた。まだやっているか覗きにいくと、やっぱり焼き鳥をめんどくさそうに焼いている兄ちゃんがいた。何年も彼のことを思い出したこともないし、顔も覚えていなかったが姿を見たらすぐにわかった。間違いなく彼だ。もうそれ相応に年を取って兄ちゃんという感じでもないし、あれから何本くらい焼き鳥を焼いたんだろう。彼も色々あったんだろうけど、やっぱり誰しもと同じように年を取っている。

 

 

さらにその帰り道、駅の構内の本屋(こちらも昔からある)に寄った。何かお土産になる本はあるかな、としばらく眺めていたら、令和八年一月一日に文庫として発売されたばかりのサリンジャーの未発表短編集があった。以前どこかに書いたけれど、サリンジャーの作品に初めて触れたのは高校の英語の授業だった。何かの縁のような気もしてそれを購入することに。「有料になりますがカバーはしますか?」と言われて、機嫌がよかったのか「ぜひお願いします」と答えた。

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Vol.299
2026 01/09 Fri.
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2026年、賀正のナビ

2026年になった。昨年もここで長々と弁明した気がするけれど、新年の挨拶が昔からどうも苦手でして。

 

 

例えば「あけましておめでとうございます」という表現。めでたいかどうかは人による。喪中の方もいるだろうし、年末年始に闘病や怪我している家族がいたりしたらそれどころじゃない。(そういえば自分もかつて元旦に猫が体調不良になって入院させたこともあるし、何年か前に家族が年末年始に入院療養していた)病気やトラブルは時期を選ばないから仕方ない。そういうものである。そんなふうに思った頃から積極的に言わなくなった。

 

 

ということでほとんどの場合、口頭での挨拶は「今年もよろしくお願いします」の類で通している。「おめでとう」と言われる分には全く気にならないけど、不用意に言いたくない。どうも幼稚ですみません、ごめんなさい。

 

 

なんにせよ正月の過ごし方は一年の中でも特に悩ましい。なんというか振る舞い方に気を遣う。ガッツリと練習をしたくなっても「長く音を出したら静かに過ごしたいご近所にご迷惑かな」と考えたり、普段気軽に行っている場所に行きたいと思っても「正月だけど開いてるかな」などと気にしてしまう。

 

 

そんなわけで毎年正月は「日常に戻る」のを待って過ごしている気がする。文句を言っていようと楽しんでいようと、時は忖度なく過ぎ去る。今年もちゃんと終わったようで一息ついている。ある意味で自分はすごく正月を上手く活用しているのかもしれない。なにせ正月のおかげで、すごく穏やかに心新たに正月以降の日々を過ごせるのだから。おかえり、日常。待ってたよ。

 

 

そんなわけで、また来年も「早く終わらないかなあ」などと呑気にぼやきながら正月を過ごしたいもんです。さて簡単ではありますが新年のご挨拶を。さすがに新年をネタにして挨拶しないのも不粋なんで。とはいえ所信表明演説みたいのは趣味じゃないので短めに。

 

恭賀新年

今年もよろしくお願いします。皆様のご健勝とご多幸をお祈りします。

 

阿部恭平

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