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Vol.086
2019 01/08 Tue.
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年も明けまして

昨年末のことですが、ホームページリニューアルしました。あるロゴをおすと、まるで某球団関係者のように…。野球が好きな方は楽しんでみて下さい。あ、戻るときはメニューバーでどうぞ!
年明け頃は久々にプルーストの「失われた時を求めて」を少し読み返しました。私が学生時代に何かとお世話になったフランス文学の教授が数年前に評論を出していたことを知り、それを読んだのをきっかけに。
プルースト個人の哲学や美学めいたことがそこら中にあふれている小説なのですが、その中で特に有名なもので「文体とはテクニックの問題ではない。画家と同じく視点(ヴィジョン)の問題なのだ」というのがあります。なるほど、美辞麗句、語彙の多様さなどという問題ではなく、人の心にせまる文も結局は視点によるものか。
音楽、演奏にも通じそうな気はするもので、ちょっと考えてみたけれど、そこまで鮮やかな例えはないかもしれませんね。視点=目に対して耳、と考えるべきだろうか。しかし絶対音感のある人皆が素晴らしい演奏をするわけでないし、曲や音を記憶するのが遅い人がいざ演奏となるとすごく魅力的であったりする。演奏にとって作家の文体、画家のタッチに値するものは音色ということになるんだろうけど、ではその音色の土台は何なのか。
そんな意味あるような、ないようなことをたまに考えつつ年始を過ごしております。楽しみなライブもいくつかありますが、1月はのんびりしたペースです。
ともあれ常日頃のことながら、日々精進していきたいと思っておりますので、改めて今年もよろしくお願いします!

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Vol.085
2018 12/23 Sun.
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行蔵は我に存す

 

最近、勝海舟に興味を持って「氷川清話」を読んだ。元々優秀な政治家と思っていたけれど、いわゆる江戸っ子気質のような語り口とさっぱりとした中身にますます好感を得た。鎖国された社会から海外に行き、海外に染まりきってもいないし、ナショナリズムに染まってもいない。江戸時代の人間として赤穂浪士を罰した荻生徂徠を認める点も(丸山眞男とは違う意味で)面白い。リベラルというか、すごく様々なことを客観視出来たのではないだろうか。
さて本の中にあるわけではないが、福澤諭吉とのやりとりは面白い。福澤諭吉は幕府の人間だったのに明治政府におもねるような立場になった勝海舟を批判する。勝は以下のように返したと言う。

「行蔵は我に存す。毀誉は人の主張、我に与らず我に関せずと存じ候。各人へ御示し御座候とも毛頭異存これなく候」

行動の責任は自分にあるが、誉められる貶されるは人が決めることで自分の問題じゃないよ。何を言われても特に意見はないのであしからず。

ってなところだろうか。内心は福澤を所詮学者、と思っていたようだが、皮肉を込めて「異論はない」と返しているのも上手い。

勝海舟の皮肉はともかく、何かと人の評価や印象やらがよぎる社会においては見落としがちの精神のように感じるもんで、自戒のようにたまに思い出す言葉ですね。特に「誰とやった、どこでやった、どんなことやった」などという泡沫のようなことで評価されることの多い、演奏に関わる人間なんかにはそれくらいがちょうど良いのかもしれない。とはいえ、本質をつくような意見には心して聞くし、すごく勉強になることも多いけれど。

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Vol.084
2018 12/08 Sat.
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弓の持ち方について

最近弓の奏法について珍しく(?)立て続けに問い合わせのメッセージを受けたものでお答えしておきます。

多くの奏者が深く(人差し指や中指の第2関節あたり)で弓の棹のところに触れているのに対し、私は浅く(第1関節あたり)で棹に触れていることが多いです。フレンチ弓に興味を持った頃からチェロやバイオリンの持ち方から学べることが多いと思い、色々な人のものを見てきました。そちらを試しているうちに深く持つよりも〈触れる面が少ないため負担が少ない、指が余らないから抱え込む(握る)必要がない〉浅い持ち方が馴染んできました。
もちろん深く持つことに試したことも何度かありますが、結局浅い持ち方に戻っていて今もその状態です。今まで二人のフランス人奏者にレッスンを受けましたが、(一人からはフレンチ弓を始めたばかりの頃から1年ほど習い、そして二人とも私よりは深く持つのに)弓の持ち方を修正されたことは一度もありませんでした。ただ弓の張りや使う松脂、指の長さ、(楽器の高さや傾きも含めた)弓の当てる角度など、あらゆる要素が影響すると思うので、これがあらゆる人にとって正しいかどうかはわかりません。やったことないですが、チェロなど他の楽器がガンガンと鳴り響くオーケストラの中では適した奏法でもないような気もします。とにかく状況に応じたコントロールができて身体や楽器に負担がなければそれが1番なのだと思っております。←これが1番難しいし、私も日々勉強中ですが。
もし興味のある方がいたら横浜や都内でレッスンしておりますんで遠慮なく言って下さい。

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Vol.083
2018 11/23 Fri.
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響きと鳴り

目下実家のリフォーム中でして、長らく練習に使わせてもらっていた空間がいつもとは違う風景になってます。作業が行われていない隙を狙って練習するのですが、絨毯がはがされコンクリートむき出しになっており、そして箪笥やら何やら荷物をどけているせいか、常時と比べて楽器が本当によく鳴り響く。やはり空気(空間)と音の関係はたいしたものだなあ、と改めて実感します。
もうそれほど機会もないかもしれませんが、この稀有な響きを今までの場所への感謝も込めて味わいたいもんです。

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Vol.082
2018 10/28 Sun.
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ジャンゴ東京フェス終了しました

Adrien Moignardのツアーで九州に行ってきました。
学生の頃少しだけ博多に行ったことあるんですが、九州はそれっきりでした。せっかく博多と熊本に行くんだから満喫しようかな、と2割くらいは思っていましたが、やっぱり基本的にホテルとライブ会場の往復だけでした。
博多に行く日も朝早かったし、前日までなんやかんや詰まっていたこともあるんでしょうが、博多ではライブギリギリまでホテルでゴロゴロ。熊本でもサウンドチェックまでホテルで昼寝、サウンドチェック終わってから時間あったんですが、会場でボーッとしたり人と話していたらいつの間にか開演時間に。
他メンバーは熊本城見にいったり、アドリヤンもホテルの温泉を使ったようで、おそらく自分が1番土地を満喫していないと思われます。旅行と運転は好きと思い込むことにしてますが(?)、やはり本質的に向いてはいないような気がしますね。
とはいえ博多、熊本のお客様、共演者の方々の温かな対応はありがたかったし、ホテルと会場間や車から見える風景はしっかりと味わったと思います。どちらも良い街だと思いました。

最後に東京公演含め来て下さった皆さま、フェス出演者、共演者、関係者各位、本当にありがとうございました!

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