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Vol.313
2026 07/07 Tue.
カテゴリー:

Tanabata's wake

文月や

六日も常の

夜には似ず

 

 

松尾芭蕉の俳句、だいぶ前に誰かの随筆で知った。俵万智氏の「サラダ記念日」と同じ日なもんで「へー芭蕉もこの日を題材にしたんだ」くらいの感想だったけど、最近は七月六日になるとこの句を思い出すことが多い。

 

 

上の句に七夕や天の川といった季語ではなく<文月>を用いておきながら、そのあと<六日>で七夕の前日を連想させる。さらに「常の夜には似ず」で、七夕の前夜をウキウキとした気持ちを表す。きっと江戸時代の子供や若者なんかが「明日晴れるかな」と空を気にしたり、短冊に書く願い事を何にしようか、と悩んだり、そんな情景が浮かぶ。おそらく今よりも七夕という祭りを重んじたであろう時代に、その当日を描写するのではなく、あえて前日を題材にしている。粋ですなあ。(なお自分は無学なもんでこの解釈が正しいかどうか知らない。あしからず)

 

 

俳句は恋愛を描けない、なんてことが昔から定説になっていて、確かに和歌に比べると恋愛の俳句というものは特に少ないはずだ。でもきっと芭蕉さんのこの句みたいに工夫次第で描けるんじゃないだろうか、という気もする。

 

 

余談だけど、恋愛という言葉から今思い出して確認してみた話。いつだったかI love youを夏目漱石が「月が綺麗ですね」と訳した、という話を以前に目にした。「ださっ」とか「意訳というか誤訳じゃん」とか色々思ったことはあったけど、それを思い出して何の作品の訳なのか調べてみたら、どうやら出典は不明とのこと。なんだそりゃ。誰が言い出したんだろうか、漱石さんも迷惑だろう。おそらくだけども、明治時代にloveという単語を翻訳したことにより「恋愛」という日本語ができたことから、こんな逸話が生まれたんじゃないだろうか。

 

 

やれやれ、人は色々なことを思い込む。自分も良い訳とも思わなかったし興味も持たなかったけれど、たまたま目にした話から「本当かねえ」ぐらいに思いながらも真偽を確かめずにいた。そう考えると<俳句は恋愛を描けない>なんて定説めいたのもただの思い込みで、実はたくさんあるのかもしれない。もちろん17字の中で季語いれて、制約もあるわけだから、決して簡単ではなさそうだけど。

 

 

意識せずとも目に入る機会が多いからこそ困るんだけれども、余計な情報は目に入れないに限る。こんなときは今年なにか短冊に書くとしたら何を書くか、でも呑気に考えながら今夕を過ごすことにしようかな。

(関東は)曇天ではあるけれど、よい七夕を。

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Vol.312
2026 06/27 Sat.
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車の話ではないけれど、車に関わる話

あまりに故障やトラブルが増えてきたもので、車を買い替える。

 

 

元々知人に紹介してもらった個人の整備工の方がいて、前回は彼を通じて購入したものだった。安くて自分の用途にもちょうどよかったんだけど、古い車だったもので修理も多かった。近かったこともあって、その度にその整備工の人に直してもらっていた。年に一度くらいは何らかの修理を要したし、それと車検で2年に3回くらいは会ってきただろうか。

 

 

前回なんらかの時に連絡してみたところ、つながらなかったから近所のガソリンスタンドで直した。どうしたんだろう、と思っていたら、もともと紹介してくれた人から話を聞いた。どうやら裁判を抱えて夜逃げをした、とのこと。多くの人と車検や車の販売を約束しておいて、代金を受け取った後「部品がないから」とか色々な理由でそのままにしたとか。完全に詐欺じゃないか。

 

 

思えば結構いいかげんなところのある人ではあった。「~日までには修理終わりますよ」と言ったのに寸前になって「遅れます」なんてこともあったし、遅れるから代車用意します、と言って代車のガソリンが空っぽだったこともある。直してもらったところがズレていて再度やり直しを依頼したこともあったかな。ただ「気になったから」と彼から自発的に(私があまりに無頓着な)コーティングや傷の修復など、そういうサービスをしてもらったことも多々あった。きっと車自体は好きだったんだと思う。

 

 

もちろん自分が(たぶん)被害にあってないから彼は悪くないという話でもないし、被害者の方の大事なお金を踏み倒したというならば、彼は許されるべきではない。噂が真実ならば、という前提だけども。

 

 

新しい車の契約でディーラー店の中でコーヒーを飲みながら窓の外に目を向けると、整備工の方が誰かの車を懸命に磨いている。夜逃げしたという彼も元々はディーラー店で働く整備工だったという。個人経営などせずにそのまま働いていたならば、今とは違う人生だったのかもしれない。個人で直接お金をやり取りするようになり、例えば300万を渡された時に実益は50万なのに300万全てを自分のものと勘違いしてしまったのだろうか。

 

 

暑い時期に作業をお願いする時や、私の都合で夜遅くにお願いするときなどは(彼の好きな)微糖のミルクコーヒーをお礼として渡したものだった。「こんなものですみません」と言うと「こういうのが一番嬉しいんです」とニコニコしていた。彼の娘さんが結婚式をやる話から、聖歌隊などを呼ぶ場合の予算を聞かれたこともあった。

 

 

彼のご家族、娘さんはどうしているんだろう。濃い目のコーヒーを飲みながらそのまま窓の外を眺めていると、担当の方から「お待たせしました」と声をかけられた。

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Vol.311
2026 06/07 Sun.
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縁と偶然とアルゴリズム

先日、アコースティックギター・マガジンのお手伝いでアントワーヌ•ボワイエへのインタビューを行った。7、8年前か、彼から「~月頃韓国に行くから、そのついでに日本に寄ろうと思うんだけど、ライブかセッションできないかな?」というメッセージが友人を通じてきたことがあったけど、その時は都合があわなかった。また機会あれば、という感じで終わったけれど、今回は初の来日コンサートだったようで。自分は予定があってコンサートには行けなかったけれど、会って話せたのは貴重な時間だった。雑誌が出る頃にまた追って報告するので興味のある方はぜひ。

 

 

自分はアントワーヌのYouTubeと音源をチェックする程度で経歴等はそれほど知らなかったので、話していて意外なことや知らないことが多く新鮮だった。(半年ほど前の同誌によるビレリのインタビューの際は、普段から彼のことを細かくチェックしていたもので確認に近かった)インタビュー中、彼のクラシックのギターの師匠達の名前が出たところで「聞いたことある?ぜひ聞いてみてよ」と言われた。

 

 

それからというもの、自分はたまにセゴビアを聞く程度でクラシックギターには疎かったけれど、彼の師匠達を中心に聞くようになった。影響を受けやすいから?それもあるけど、なんというか、これも縁かな、と。たまたまインタビューの予定日に自分が空いていて、会える予定のなかった人と話して、知らなかった音楽家を知ったんだから。

 

 

ただクラシックギタリストを幅広く聞き始めているか、といえばそうでもない。今のところアントワーヌから教わった人以外は聞かず、YouTubeの再生回数の多そうな関連動画なども基本的には見過ごしている。別に詳しくなりたいわけでも有名な人を知りたいわけでもなくて、元はといえばアントワーヌ自身の演奏が素晴らしいからこそ興味を持っただけの話でね。アルゴリズムや調べて得られる多大な知識よりも、たまたま知った些細な情報を重んじたいのも自由だろ、てなもんで。そもそも教えてもらった人達を聞くだけでも充分満喫できているしね。若い頃だったら勉強みたいな気分で色々と調べそうな気もするけど、こういうのは歳を重ねたってことなんだろうか。

 

 

そういえば先日、誕生日だった。当日はのんびり過ごして、夕方に図書館に予約した本があったので借りにいった。図書館のカードを読んだときに登録情報でも出たのか、ふいに担当の方から「あ、お誕生日なんですね、おめでとうございます」と微笑まれた。少し驚いたけど自分も一応「ありがとうございます」と照れつつ返した。どこかの店舗やサイトからのDMじゃなんとも思わないけど(当たり前だ)、これも偶然言われたことだからこそ少し気持ちも弾んだような気もする。こういうやりとりもAIや機械対応になればなくなるんだろう。そう思いながら帰途についた。

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Vol.310
2026 05/26 Tue.
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壮大な命題とささやかな気遣い

アラン•ロブ=グリエの『もどってきた鏡』を読んだ。自分は元来ヌーヴォーロマンという流派と縁が少ないけれど、ロブ=グリエはその代表的作家だ。この作品は私小説というか随筆に近いから読みやすいけれど、色々と「性格悪いなあ」と笑わせてもらった。

 

 

例えば。彼はテレビ、幼稚なベストセラー、ハリウッドが売り込む駄作映画などを盲従して見ること、を「情熱を込めて禁じている」と書いている。そしてヒッチコックやミネリの映画のほとんどは規格にあった都合の良い製作物に過ぎない、と語る。ただしその「率直な思い」は彼(ロブ=グリエ自身)の挑発的な趣味、あるいは二人の成功者に対する嫉妬としてしか受け入れられないだろう、と自嘲する。

 

 

なんだか反抗期の子みたいだが、ある意味「真の(新しい)文学はどうあるべきか」という命題を重視したヌーヴォーロマンの旗手らしい言動なのかもしれない。そういえば同じくその一人として扱われる作家クロード•シモンが、晩年に「全ての印税を足しても一年に50万円程度にしかならない」と嘆いていたという(シモンはノーベル賞作家でもある)。そりゃそうだよ、最初から「どうせわからんだろうが、わかるもんならどうぞ」って感じだもの。

 

 

そもそもテレビなどを見たとして、そのせいで芸術的感性が劣化するというなら、その感性の脆弱さを嘆いた方がよい。斎戒沐浴ぶりというか、ひたむきに取り組む姿勢に憧れるのはわかるけど、人はロボットでもないし聖人でもない。ヒッチコックの作品に人気女優がたくさん出ていて大衆的に見えたとしても、「太っちょの中年おじさんが、僕の映画に出たいとしつこいので少しだけ使ってあげている」なんて言って、シリアスな自らの作品に毎回カメオ出演しているヒッチコックの振る舞いは商業主義とは関係なくお茶目で可愛らしい。きっと「ストイックで媚びない(と思われたいであろう)」ロブ=グリエはやらないし、できないだろうね。どちらが精神的に自由なのだろう。

 

 

と、ほぼ悪口みたいになってしまったけれど、ロブ=グリエさんの視点が面白いところもたくさんあった。ヌーヴォーロマンが否定的にとらえてきたはずのカミュの『異邦人』について、簡単に触れていたけど実に見事な批評になっていた。あと本書とは別のことだけど、彼が脚本を書いた『去年、マリエンバードで』(監督はアラン•レネ)は文句無しの傑作だと思う。それこそヒッチコックやワイルダーの名作では得られない、映画ならではの独自の感覚を与えられる。

 

 

思えばヌーヴォーロマンの作家達はすごく優秀だったろうし、何かを作りたいという野心は持っていたんだろう。ただし読者や需要に対する気遣いや歩み寄りで、もう少しなんとかなったんじゃないかな、という気もする。何事も些細なことが何かのきっかけになったりするものだから。それこそ、たまたまつけたテレビが薄っぺらい内容だったとしても、疲れてぼんやり見る分には妙に笑えたりね。

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Vol.309
2026 05/13 Wed.
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大阪の街とお好み焼き

先日Gypsy Jazz Festival in Osakaに出演。関係者、出演者の皆様お疲れさまでした。何よりご来場された皆様、ありがとうございました!

 

 

昨年に続き二回目なもので、場所や土地に一層馴染みを感じることができた気がする。自分は父方の実家が西宮なもので、一応子供の頃から新大阪経由で向かっていた。でも祖母の家にいくだけというのもあって、それほど大阪の街を歩き回ることはなかった。

 


幼い頃から祖母の家にいくと、出かけるのはたいてい三ノ宮だった。成人になってからも、祖母のとこで外出するのに大阪を提案すると断られる。理由を聞くと「大阪はうるさいし、混んでいるから嫌い」みたいなことを言っていた(大阪の皆さん、個人の感想なんでどうかご容赦を)。

 


ということで、たまの演奏、あるいは祖母のところから帰りがてら友人と会うのに梅田を使う程度。今でも慣れていないもので乗り換えるだけでも迷いそうになる。今回久々に阪急三番街(古本屋)を覗いたら、これまた綺麗になっていてビックリした。グランフロントができた頃あたりから梅田の雰囲気もだいぶ変わった気がする。お洒落な芝生の公園が大阪駅の目の前にあるなんて。

 


フェスの会場、服部緑地も気持ちよかった。会場から少し歩き丘を上ると花畑が広がっていて、そのあたりでのんびり過ごしている人々も見える。近所に住んでいたら頻繁に散歩していただろう。音楽堂の舞台からも見える空と緑も壮観だった。慣れ親しんだメンバーと演奏しながら空を見上げると実に心地よく、自分は恵まれているな、と感じた。

 


近いのになぜか遠いような気がしていた大阪だが、この2年来ているのも不思議な縁だろうか。フェスの次の日、やや疲れ気味だったけど、せっかくだからと東京行きの新幹線に乗り込む前にお好み焼きのぼてぢゅうに寄った。小学生の頃以来になると思う。

 


ある春休み。法事で島根に行ったあと、帰りに大阪へ家族で寄った。震災から数ヵ月だったもので観光らしいことは特にできなかったけど、江崎グリコの看板や食い倒れ人形なんかを皆で眺めた。お昼に入ったお店で東京の地下鉄にサリンがまかれた、というニュースを知った。その夜に食べたのがぼてぢゅうのお好み焼きだった。それまで家庭でしかお好み焼きを食べたことがなく、こんな美味しいものかと感激した。店内にはWow war tonightという流行曲が流れていて、それに鼻唄を重ねる女性がお好み焼きを作ってくれた。

 


思えば父はその前年の末に妻を亡くし、1月に西宮の実家が震災でつぶれ、その荷物の運び出しや手続きに休日返上で横浜と関西を往復していた。我が家にとって苦難の時代だったと言える。ぼてぢゅうのお好み焼きを食べながら、今の自分と大して年の変わらない親の苦労を少し思い出した。苦しい時だろうが、一息ついたときだろうが、人は腹が減る。そしてやっぱりぼてぢゅうは美味くて、自分は恵まれてるな、と思った。

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