リスニズムはいつか生まれるのか?
美貌の話。そりゃ醜いものよりは綺麗な方がみんな好むだろうけど、近頃ネットニュースで目にするのが妙な譲歩めいた表現。「50代後半とはおもえぬ」「20代と見間違う40代後半の始球式姿」などなど。「~なのに」という要素の入った記事のタイトルをしょっちゅう目にしている気がする。やはりみんな憧れるんだろうかね。
思えば「イケオジ」「美魔女」なんて言葉が出て来たのもそういう心理からか。「綺麗すぎる(女性)秘書」なんて持ち上げ方もあったね。美人秘書、でいいんじゃないの?
そんな中「ルッキズムはよくない」みたいな意見もあるから、ますます不思議だ。「人妻とはおもえぬ色気」なんてルッキズムそのものじゃないか。二枚舌というか、なんというか。
前にも書いたと思うが、谷崎潤一郎が饒舌録で「私が劇や舞台を見に行くのは結局のところ、やはり(歌舞伎の女役を含め)美女をみたいからだ」みたいなことを書いている。はっきりしていて良いね。谷崎さんのこういうところが大好きだけれど諧謔も含まれている気もする。美人を見たいだけならば舞台に限る必要はなく、演目や芸の内容にも惹かれるからこそだろう。
先日たまたまちょっと先輩のライブ告知を目にし、違和感を覚えたので後日友人とその話をした。「内容はきっと気骨の入ったものだろうし、もうちょっといい写真で告知したらいいのに」という話になったところで「ルイ・ヴィトンとかただでさえファンや愛好者のたくさんいるブランドでも、ロゴや季節ごとのイベントや購入後の紙袋のデザインなどのために何日も会議してるのに、フリーランスだからそういうの意識しないでいい、なんてわけないよね」と言われ、すごく納得した。違和感を覚えるほど着飾りすぎたり、場に不自然なのはよくないとしても、宣伝の写真のために角度をかえるとか、撮り直すとか、みかけを少し整えるなんて、大した労苦でもない。そんなこともしないで「自分は音楽だけで勝負する」とか言ってて、ライブ前に「お客さんが少ない」とアタフタしてるのもね。(上記の方がそうなのかは知らないけど)
とにかくルッキズム批判というのはあるようだけど、やはり人間そんなに清廉潔白でもない。リスニズムやスメリズムはおそらくしばらく出てこないと思うが、目からの印象は根強い。意外とそういう勘があたっていたりもするしね。
学生のころ、よく友人と行っていた地元の喫茶店があって、ある秋の日に可愛らしい店員さんがニッコリと珈琲を運んでくれた。それから2ヶ月くらいの間もたまに目にしていて(友人が言うには、私がその人に注文するときわかりやすいぐらいデレデレしていたらしい)1月、2月頃になると彼女を見かけなくなった。あの店員さん、最近いないな。クリスマスや年末年始にもよく働いていたからきっと苦学生に違いない。大学の試験か、それとも他のバイトを始めたのだろうか。経済的な悩みを抱えているかもしれない。そんなふうに喋る私に、友人はケラケラ笑いながら、予想だにしない返事をしたのであった。「さあ。今ごろ貯めたお金で、彼氏とスキー場でいちゃついてるんじゃないか」









