近所のカレー屋にて
近所にカレー屋があり、時々行ってテイクアウトを注文する。お店でゆっくり過ごしたいと思うこともあるのだが、テイクアウトするとご飯とナン両方ついてくるのでナンを残すと次の日に楽しめる。一石二鳥ならぬ、一食二鳥なのである。
今日もテイクアウトを注文して、10分くらいかかると言われて店内で座って待つ。それなりに年齢のいった夫妻が向かい合って食べているのが見えて、男性の方がやや気むずかしそうな人に見えた。するとその男性、店員さんが何かを持ってくる度に「はい、ありがとう!」と歯切れよく声をかけて「うまいなあ」などと感想を言いながら食べていた。なんだかその声の調子がよくて、こっちの気分もよくなった。自分が億万長者ならラッシーでもご馳走してあげたいほど。(もちろんそんなことしてない)
人によっては彼の声が耳障りに、あるいは敬語ではないから横柄に聞こえたかもしれない。と思うと、人の声や喋り方というのは好みに理屈ではない何かがあるものだ。たとえば年配の人にもごく自然に敬語を省くような話し方をできる人もいるし、ちょっと敬語を崩しただけでも「おっ」と思わせる人もいる。問題は声質が言葉遣いにあうかどうかなんだろうか。すごく穏やかな口調から荒々しく喋られたら意外に感じるだろうし、ぶっきらぼうに喋る調子から丁寧な言葉遣いを聞くと、作り物のように聞こえるかもしれない。そういえばある時代の(特に)女性は作り物みたいな声を強いられていた気もする。自分が幼少の頃、母親が電話や来客への対応になると別人のような声で対応しているのは子供ながら新鮮だった。今の時代はどうなんだろね。
おもえば自分も馴れ馴れしく、あるいは、偉そうに、とか色々な印象を与えてきているんだろう。聞く人の印象もあるしね。例えば目上の人と喋っているのを聞かれたら「(相手が)大物だから緊張してるな」とか思われているかもしれない。たとえこっちが「この人、話長いんだよな。誰か相手かわってほしいな」とか思っていたとしても。言語がわからないと余計にそうかもしれない。例えばフランス語で話している時「(わからないけど)ずいぶん盛り上がってるなあ」と人には見えて、こっちは「速い!意味がわからない!もうちょいゆっくり、、」とアタフタしているかもしれない。世の中何かと印象で動く、そういうものである。まあ個人的に思うのは、見た目や声の印象に比べると喋り方と言葉遣いは悪い方だと思うし、そのようなことを言われたこともある。はい、どうもすみません。(←あまり反省してない)
それにしてもあの男性の「ありがとうー」はよかった。大きすぎもなく、偉ぶる様子もなく、卑屈さや慇懃無礼さもない。自然でちょうどよい感じ。とはいえ、もしかしたら普段はとても圧のある喋り方をするタイプで、あの人なりに作り上げた喋り方なのかもしれないけど。以前に奥さんからすごく怒られた、とかね。









