等々力渓谷を思い出す
運動を好んですることはないが、歩くのだけは嫌になったことがない。普段楽器など何かしらを携えていることが多いせいか、荷物が少ないときなどは積極的に歩く。ましてや性格によるものか、待ち合わせや約束などにたいてい早く到着する口なので、あまりに早くつきそうな時には途中下車して歩くことも多い。歩く時は2万歩以上、週にしたらおそらく7万歩ぐらいには達しているんじゃないだろうか。できるだけ静かな道を聞きたい音楽をかけながら(聞かないときもあるが)、「ほほお、この道をいくとあの通りに出るのか」とか「この家、ずいぶん古いなあ」とか風景をみて適当なことを考えながら歩くのは呑気で良い。
さてそんなわけで先日に書いた話の詳細のようになるが、田園調布に向かう途中、到着時間があまりに早いので等々力で下車。そのまま等々力通りを歩いてみた。自由が丘までだいぶある、尾山台あたりから「~自由が丘」などというマンションが増えていくのが面白かった。住所は奥沢、そもそも目黒区でもないのに。奥沢という地域は思った以上に広いことにも驚いた。
等々力といえば、コロナが流行りだした後、ある友人と等々力渓谷に行ったことを思い出す。彼とは大学時代からの仲で文学やら音楽やら、色々な話をしてきた。私がフランスにいる間、数ヵ月居候したこともあったし、日本で同居したこともあった。音楽をやることを決めて家をでて、いわば彼とシェアリングというやつをしていたのであった。久々に会ったその日もお互いの思い出話をしたり、好きな作家の話などを時おり交えながら歩き回った。渓谷を抜けた後にコーヒーを飲み、神社で「人の書いた絵馬を眺める」というお互い共通の趣味を果たした。「(アイドルの)二宮くん大好きです!って、これ神様に願う事かねー」とか「おい、合格祈願のこの子、漢字間違えてるぞ。大丈夫か?」とかボヤキながら。
そんな彼とも会わなくなり数年がすぎている。誰某の新作がでたとか、著名な作家や映画監督の訃報など、関心のある話題でお互い連絡をしていたが、ある時期から返信がなくなった。どうしたことか、と思いながらもう一年くらい経つ。思えば彼だけではなく、親しく過ごしたような人はたくさんいて今でも時おり思い出すけれど、もう連絡を取れないようなことも多い。もちろんそれはこの世からいなくなってしまった人も含まれる。逆に私が思い出さない誰かが、私のことをたまに思い出しているかもしれない(というと思い上がりかな)。サヨナラダケガジンセイダ。
いつかもうちょっと過ごしやすくなったら、等々力渓谷を一人で歩きにいこうかと思う。もちろん散歩の最後には絵馬でも眺めて。









