猫のいた頃の話
トートバッグを作ってからたまに猫の話になることがある。飼ってるんですか?と聞かれると過去形で答えることになり、質問した方が少し悪そうな表情をされるのが、申し訳ない気分になる。とはいえ動物の寿命は人間より短いし、不幸でもないんだけどね。
以前にも書いたかもしれないが、自分は子供の頃から動物と過ごした経験はなかった。たまたま迷い猫を保護して一ヶ月後に飼い主さんから連絡があって引き渡した経験があって、そんなノリで何年か後に同じく迷い猫を保護した。そのまま10年経ったのが、かつて一緒に暮らしていた猫だ。また飼えば?と言われることもあって、絶対に飼わないと断言もできないけど、もうそういう機会もないんじゃないかな、とぼんやり思っている。
何ヵ月か前に梅崎春生の猫についての随筆集を読んだ。梅崎の『桜島』や『幻化』が好きだった自分は期待して読んだが、あんなふうに猫を扱い、虐待めいたことをしていたとはただ残念だった(本人は後に創作部分も多いし、自分なりには可愛がっていたつもり、というような弁明をしていたが)。『幻化』では山のまわりを力なく歩く人をみつけて「がんばれ」と応援する思いをはせる場面がある。そこの描写が実に感動的なんだけど、一気にしらけた。身近な存在(猫)も大事にできないで、赤の他人に「がんばれ」じゃないだろうが。あっさりと嫌いな作家になった。
その梅崎、何匹か代々猫を飼っているけど、代がかわるごとに昔の猫の記憶が薄れていく、と書いていた。彼を信用したくないが、それはそうかも、とも思える。目の前の猫をみて先代を思いだし続けるのも、目の前の子に対して失礼だ。そんなことを考えるとますます新たに飼うなんてことは考えづらい。とはいえ、ずいぶん前に猫がまだ元気だった頃に友人と話していて「この子(猫)になにかあったら、自分がどうなってしまうか想像できない。新しい子なんて絶対飼わない」と言うと、幼少の頃から犬と暮らしてきた経験のある彼は呟いた。「中学生が失恋して、もう恋なんてしない、とか、誰も好きにならない、というの、信じられる?」
ある夜のことをたまに思い出す。猫が喉頭ガンを告知されてからしばらく経った頃、明らかに異常な呼吸音を出し始めた。深夜にも開いてる動物病院につれていき、酸素室にいれてもらう。ちょっと経つと、キョトンとした、いつもの大きな瞳でこちらを見つめている。自宅でも使える酸素室のレンタルを手配して戻る。家に戻り、酸素室を準備した頃にはもう朝4時になっていた。いよいよ寝ようか、と思った頃、猫はしきりに酸素室から出ようとした。「そこにいた方が楽だよ。苦しくなるよ」と声をかけるも出る素振りをやめない。出したら私の横を陣取る。ゴロゴロ言っていると思ったら、次第に呼吸が大きくなり、また苦しそうな音になっていく。「もういいよ、ありがとう。いい子だね」と声をかけながら酸素室に入れる。もう抵抗もせず酸素室で眠る猫。電気を消すとゴーッと酸素を送る音だけが暗い部屋に小さく響く。猫の息苦しさを和らげるとわかっていても耳障りな嫌な音だった。もはやこの音に頼るしかなく、それもいずれ止める時が近いうちに来る。そんなことを思いながら自分も眠りについた。
こういうことを思い出していては新しい猫を飼えない。かといって、こういうことを忘れたいとも思わない。どうやら自分はまだ中学生みたいな心持ちのようだね。









