Chat GPTから合理性もなく脈絡のない話
Chat GPT。もはや流行ってるというより、当たり前のものなのかな。自分は一応ダウンロードはしてあるけど使ったことはない。「使わない!」と決めてるわけでもないけど、使うべき時がわかっていない。
ちょっと音楽に関わる話になるけど、以前教えてもらった動画があった。ある少年が聴音を得意として大人が適当にならしたピアノの音を答える。しまいには10本の指で鳴らした和音をすぐペダルで音を切り、さらに鳴らす。一度目の和音も、二度目の和音も正確に低い音から順に答えていく。動画のコメントで「天才だ」とか「なんて才能だ」とか騒がれている。自分は(そんなことができないのはさておいて)この少年は何になりたいのか、どうなりたいのかな、と思った。耳が良いことは音楽をやるにあたって悪いことはないし、それなりに生きるだろう。しかし気障なことを言うようだけど音楽は、あるいは音楽家の仕事は、音当てゲームではない。
前にも書いたかもしれないけど、自分が好きなエピソードがある。ポール・マッカートニーがバッハを聞いて「お、素敵な和音だ。今作ってる曲に使おう」と音をとった。曲が完成してプロデューサーのジョージ•マーティンが曲を褒めると「バッハから和音を拝借したんだ」とポールは言う。クラシックにも詳しいマーティンは「なんの曲だい?家で調べたい」と聞き、ポールは曲名を教える。次の日スタジオにきたマーティンはポールに言う。「君のとった和音、間違えていたよ」
その結果ポールが「間違えた」和音で作ったのが名曲Blackbirdである。彼が正しく音をとっていたら、あの曲は生まれなかったかもしれないし、ちょっと響きの違う曲になっていたかもしれない。いずれにせよ、重要なことは音が正確かどうかではなく、バッハの曲(の和音)からポールが何を感じたかということだ。
さて話をChat GPTに戻す。文章の校正チェックなんかにはすごく適しているという。長い文を書く時なんかには誤字脱字、文法ミスなんかはつきものだからね。書き手はわかってるつもりで伝わりにくい表現なども。かくいう自分もこのブログの文章程度でも間違いをちょこちょこ直している。使うべきところはどんどん使えばいい。ペンを使われ始めた頃は「毛筆じゃないと心がこもってない」とか言われただろうけど、今や手書きだけでも心がこもるとか言われる。かと思えば、洗濯を手でやる人は今の時代いないだろうけど、思い入れのある物などは手でやることもある。技術なんて臨機応変でしかるべきだろう。ただどう使うべきを判断するのは人間だし、そこにはこだわるべきだと思う。その判断までもAIに委ねるのはさすがに頼りすぎだろう。
最後に自分の好きな野球の話。大谷翔平が日本にいた頃、西武の中村剛也は4本ホームランを打っている。基本直球を待っていたらしいが、一度だけたまたま変化球をホームランにしたとのこと。普段は変化球だ、と思った瞬間に一瞬動きがとまったり、逆に焦って速く動いてしまうこともあるらしい。が、そのときは「直球かな、わからないや」と思ってその調子でバットを振ったら見事ホームラン。意外とそれくらいの感覚が功を奏することもあるようで。
そういえばギターのビレリ•ラグレーンがインタビューで(さっき最後に、とか言ったのに話が長い!)「絶対音感があるか」と聞かれたときに「ほぼある。けど完璧ではない。Nobody is perfect」とか笑いながら言ってたのもかっこよかったな。









