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Vol.300
2026 01/13 Tue.
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花咲く男子達のかげに

たまたまなんだけど、この一ヶ月くらいで母校二つに足を運んだ。先月初めに大学、つい先日に高校。大学はフランスからきた友人と神楽坂で会う予定で「その前に散歩でもする?」みたいなきっかけで。高校の方は最寄り駅から何駅かのところで新年会めいた集まりがあったから、集合時間の前にささっと散歩がてら。ごくたまに「今はあのあたり、どうなってるかな」などと思っていたが、きっかけがあれば意外と行動につながるものである。

 

 

どちらも共通しているのはやっぱり学校までの風景は大きく変わっている。記憶のない店などが多くできているし、以前に何があったか忘れてしまっているものも多い。高校の方になると普段縁のない私鉄なもので駅構内のデザインなんかも大きく変わっていた。不思議なのが風景がそれなりに違うのに、それでも懐かしい。視覚というより足の記憶なんだろうか。僅かな路面の起伏や坂道を歩くだけでも、なんらかの形で記憶を刺激するのかもしれない。階段の段差につまずいて記憶がよみがえったというプルーストの描写はやはり正しい。

 

 

校内を覗くとあまり変わらないところも多くて、そちらは紛れもなく懐かしかった。しかしこの30日くらいの間に10代後半から20代前半までを過ごした地域を立て続けに訪れるとは。なにかしらの人生の節目を迎えつつあるのだろうか。さらに20年くらい経って見たいと思うかどうかもわからないし、もしかしたら今回が最後なのかもしれないね。まあそれでもいいけど。

 

 

高校の駅の近くに焼き鳥を売ってる肉屋があって、焼き鳥を頼むと「かしら、きれた」「皮、ない」などとぶっきらぼうに売る兄ちゃんがいた。しかもたまに生焼けで渡してくる。(今ならクレームひどそうだ)当時から「あの人、態度悪いよな」などと友人と文句を言いながら笑ってた。まだやっているか覗きにいくと、やっぱり焼き鳥をめんどくさそうに焼いている兄ちゃんがいた。何年も彼のことを思い出したこともないし、顔も覚えていなかったが姿を見たらすぐにわかった。間違いなく彼だ。もうそれ相応に年を取って兄ちゃんという感じでもないし、あれから何本くらい焼き鳥を焼いたんだろう。彼も色々あったんだろうけど、やっぱり誰しもと同じように年を取っている。

 

 

さらにその帰り道、駅の構内の本屋(こちらも昔からある)に寄った。何かお土産になる本はあるかな、としばらく眺めていたら、令和八年一月一日に文庫として発売されたばかりのサリンジャーの未発表短編集があった。以前どこかに書いたけれど、サリンジャーの作品に初めて触れたのは高校の英語の授業だった。何かの縁のような気もしてそれを購入することに。「有料になりますがカバーはしますか?」と言われて、機嫌がよかったのか「ぜひお願いします」と答えた。

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Vol.299
2026 01/09 Fri.
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2026年、賀正のナビ

2026年になった。昨年もここで長々と弁明した気がするけれど、新年の挨拶が昔からどうも苦手でして。

 

 

例えば「あけましておめでとうございます」という表現。めでたいかどうかは人による。喪中の方もいるだろうし、年末年始に闘病や怪我している家族がいたりしたらそれどころじゃない。(そういえば自分もかつて元旦に猫が体調不良になって入院させたこともあるし、何年か前に家族が年末年始に入院療養していた)病気やトラブルは時期を選ばないから仕方ない。そういうものである。そんなふうに思った頃から積極的に言わなくなった。

 

 

ということでほとんどの場合、口頭での挨拶は「今年もよろしくお願いします」の類で通している。「おめでとう」と言われる分には全く気にならないけど、不用意に言いたくない。どうも幼稚ですみません、ごめんなさい。

 

 

なんにせよ正月の過ごし方は一年の中でも特に悩ましい。なんというか振る舞い方に気を遣う。ガッツリと練習をしたくなっても「長く音を出したら静かに過ごしたいご近所にご迷惑かな」と考えたり、普段気軽に行っている場所に行きたいと思っても「正月だけど開いてるかな」などと気にしてしまう。

 

 

そんなわけで毎年正月は「日常に戻る」のを待って過ごしている気がする。文句を言っていようと楽しんでいようと、時は忖度なく過ぎ去る。今年もちゃんと終わったようで一息ついている。ある意味で自分はすごく正月を上手く活用しているのかもしれない。なにせ正月のおかげで、すごく穏やかに心新たに正月以降の日々を過ごせるのだから。おかえり、日常。待ってたよ。

 

 

そんなわけで、また来年も「早く終わらないかなあ」などと呑気にぼやきながら正月を過ごしたいもんです。さて簡単ではありますが新年のご挨拶を。さすがに新年をネタにして挨拶しないのも不粋なんで。とはいえ所信表明演説みたいのは趣味じゃないので短めに。

 

恭賀新年

今年もよろしくお願いします。皆様のご健勝とご多幸をお祈りします。

 

阿部恭平

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Vol.298
2025 12/21 Sun.
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花の色はうつりにけりないたづらに

12月半ばも過ぎ、いよいよ年末。いつもクリスマスが明けてから29日くらいまでの間、26日から28日あたりの比較的静かな期間にこそ「いやあ、年の瀬だなあ」と実感する。その前後は仕事も含め、何かとバタバタしてどうもいけない。正月も同じく。単にひねくれているような気もするけど。

 

 

今年も終わる。一応振り替えると、楽器の割れからスタートした一年であった。予定も詰まっていたのでスペアの楽器の弦を張り替えて慣れるか試していたら、意外と心地良いので上半期はスペアの方で活動。そのままレコーディングもそちらの楽器で行う。そんなこともある。そうそう、長らく共に過ごしているメンバーによるTokyo Django Collectiveでのレコーディングをしたのも大きな出来事だった。

 

 

話は変わるけど、先日たぶん初めて人に花を送った。儀式嫌いで墓参りでも花なんて買わない唯物論者(なのか?)が、10年以上会っていない人に花を送るのも不思議だ。お金でいいじゃん、と思わないわけじゃないけど、恐縮されるのも悪い。でも何かしてやりたい。こんな時には花がいいのかもしれない。

 

 

ハイデガーの哲学ではバラを「何かのためではなく、咲くために咲く」もの=自立的存在の象徴として扱っているとか。そんなバラ(花)が育って咲いてやがて散るだけでも、日光や自然等との(社会的)つながりを作るし、人間だって根拠や理由なく存在しているのは同じじゃなかろうか、と。こんな薄っぺらい情報だけで語るのもなんだけど、ハイデガーが日本贔屓なのもわかる気がするね。花鳥風月、年々自然が美しく見えるのも自らの存在との比較もあるのかもしれない。

 

 

そうそう、今年は特に紅葉が例年より鮮やかに見えた。緑から赤や黄色にかわっていくグラデーションがまさに美しく、自然な色の移り変わりはなんと無駄なものがないのだろうと、たまに足や手を止めることもあった。練習している部屋からは近所の公園の木々が見えるんだけど、ここに住み始めた時はそうでもなかったのに、最近の枯れ木がそびえる感じもタルコフスキー映画の風景みたいに感じることもあった。(いくらなんでも褒めすぎか?)

 

 

演奏や音楽も、あるいは立ち振舞いなんかも自然を見習わないといけない。こんなこと言っている時点で不自然なのかもね。今年はAI元年なんて言われてはいるけれど、AIに負けないよう色々と悩んだり、勘違いしたり、惑わされたりしながら、来年も精進したいと思います。まだ本格的に年の瀬を実感するには早いけども、今年お会いできた方もそうでない方もどうか良いお年を。

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Vol.297
2025 12/09 Tue.
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墓について私が知っている2、3の事柄

趣味と言うつもりはないけど、たまに墓をめぐることがある。前も書いたかもしれないけど、パリの言語学校はモンパルナス墓地のそば、住んでいたところはペール•ラシェーズの隣駅。てなわけでたまに散歩したついでに誰かの墓を探すようなもんで。

 

 

いや、やはり趣味みたいなものなのかもしれない。最初にフランスを旅行したときスイスのチューリッヒにも寄ったけど、その目当てはジェイムズ•ジョイスの墓だった。フランスだとプルースト、コルタサル、ベケット、映画監督のトリュフォー。当然ジャンゴやグラッペリ。ペトルチアーニも行ったっけな。日本でも友人と太宰治の墓に行ったことがある。すぐ正面に文学的には全く無関係そうな、森鴎外の墓があったのがちょっと面白かった。あと小津安二郎のは何度か行ってる。「無」は文句なしにかっこいい。

 

 

墓にいくものの、自分は儀式が苦手でお供えも特にしない。一応母の墓参りという名目で20代前半の頃まで毎年のように一人で行っていたけど、別に花も線香も買わないし寺にも挨拶しなかった。ただ行って草むしって水かけて帰るだけ。これが決して正しいとは思えないけど、そもそも正しい墓での振るまい方があるのかわからない。ある時期からしょっちゅう行くことはなくなったけど、たぶん今行ってもそんなもんだろうな。

 

 

そんな話はともかく。雑司ヶ谷霊園に夏目漱石と永井荷風の墓があると知り、先日寄ってみた。漱石の墓はなかなか大きい。彼がいなかったらどれだけ日本の小説が遅れていたか、逆に大学に残ったらどれだけ英文学研究は発展していたのか。一説によると漢詩や俳句も専門家が舌をまくほど見事だったとか。さすがは大先生。それにたいして荷風さんのお墓は見落とすぐらいに小さい。貧しかったわけでもないし(今にしたら億単位の貯金額の通帳を握りしめて亡くなっている)、一応は名誉勲章までもらってる小説家だ。しかし権威嫌いで変わり者なところを含めて、小さな墓も実に荷風さんらしい。そもそも「浄閑寺の娼妓の墓(無縁仏)の間に石をおいて、そこを自分の墓にしてくれ」って人だから、これでも充分に立派なのかもしれない。

 

 

荷風もフランス住んでた頃にモーパッサンの墓参りしたことを作品にしているし(しかもすごく興奮してモーパッサンに挨拶している)、たしか他にも墓参りをネタにした作品もあった。彼自身も私と同じく「墓をめぐる」タイプなのかもしれない。荷風の代表作『濹東綺譚』の最後に『作後贅言』なる作者自身の短い随筆がある。荷風が特に仲良かった友人の思い出を書いていて、その友人を始め色々な人がいなくなったことを振り返る。いつか晴れた日に彼らの墓参りをして落ち葉を払いに行こう、と結んで終わる。

 

 

雑司ヶ谷霊園ではそれを思い出したもんで、なんとなく荷風さんの墓のまわりの落ち葉を払っておいた。

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Vol.296
2025 12/01 Mon.
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Before Bireli, there was nothing.

少し前になるけど、ブルーノート東京に出演していたビレリ•ラグレーンにインタビューをした。お仕事的にはもちろん「インタビュー」なんだけど、個人的には「音楽の話ができた」という気分。

 

 

機材撮影時に「楽器の写真とるから、こっちにいて」とか指示しているときに急に「ん?この人、ビレリ•ラグレーンなんだよな」と妙な胸の高まりを感じたり、インタビュー中に彼と話していて、私がベースを弾くことを思い出したのか「そうだ、ビッグバンドにベースで参加したアルバム、持ってきてたかな?」とか彼が言った時に「あ、それ持ってるから大丈夫」と素直に即答して帰りに後悔した(←せこい)のも、だんだん懐かしくなってきた。おおまかな翻訳作業を終えたというのもあるのだろうか。

 

 

インタビューはおそらく次号のアコースティックギターマガジンに載る予定で、ギタリストはもちろん、(なにせ自分が質問したくらいですから)ギタリストでなくともそれなりに楽しめる内容になっているんじゃないかと。また正式に決まったら追って報告します。

 

 

なんにせよ、ずっと大好きで追いかけていた人と音楽の話をするという印象深い時間となった。関係者の皆様はもちろん、質問を作成するにあたり(ギターに関することなど)相談にのってもらったり、その都合上で先約の時間調整を快く受け入れてもらったり、とにかく色々な人達の協力があって貴重な体験が出来たのだなあ、と改めて思う。ありがとうございました。

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