壮大な命題とささやかな気遣い
アラン•ロブ=グリエの『もどってきた鏡』を読んだ。自分は元来ヌーヴォーロマンという流派と縁が少ないけれど、ロブ=グリエはその代表的作家だ。この作品は私小説というか随筆に近いから読みやすいけれど、色々と「性格悪いなあ」と笑わせてもらった。
例えば。彼はテレビ、幼稚なベストセラー、ハリウッドが売り込む駄作映画などを盲従して見ること、を「情熱を込めて禁じている」と書いている。そしてヒッチコックやミネリの映画のほとんどは規格にあった都合の良い製作物に過ぎない、と語る。ただしその「率直な思い」は彼(ロブ=グリエ自身)の挑発的な趣味、あるいは二人の成功者に対する嫉妬としてしか受け入れられないだろう、と自嘲する。
なんだか反抗期の子みたいだが、ある意味「真の(新しい)文学はどうあるべきか」という命題を重視したヌーヴォーロマンの旗手らしい言動なのかもしれない。そういえば同じくその一人として扱われる作家クロード•シモンが、晩年に「全ての印税を足しても一年に50万円程度にしかならない」と嘆いていたという(シモンはノーベル賞作家でもある)。そりゃそうだよ、最初から「どうせわからんだろうが、わかるもんならどうぞ」って感じだもの。
そもそもテレビなどを見たとして、そのせいで芸術的感性が劣化するというなら、その感性の脆弱さを嘆いた方がよい。斎戒沐浴ぶりというか、ひたむきに取り組む姿勢に憧れるのはわかるけど、人はロボットでもないし聖人でもない。ヒッチコックの作品に人気女優がたくさん出ていて大衆的に見えたとしても、「太っちょの中年おじさんが、僕の映画に出たいとしつこいので少しだけ使ってあげている」なんて言って、シリアスな自らの作品に毎回カメオ出演しているヒッチコックの振る舞いは商業主義とは関係なくお茶目で可愛らしい。きっと「ストイックで媚びない(と思われたいであろう)」ロブ=グリエはやらないし、できないだろうね。どちらが精神的に自由なのだろう。
と、ほぼ悪口みたいになってしまったけれど、ロブ=グリエさんの視点が面白いところもたくさんあった。ヌーヴォーロマンが否定的にとらえてきたはずのカミュの『異邦人』について、簡単に触れていたけど実に見事な批評になっていた。あと本書とは別のことだけど、彼が脚本を書いた『去年、マリエンバードで』(監督はアラン•レネ)は文句無しの傑作だと思う。それこそヒッチコックやワイルダーの名作では得られない、映画ならではの独自の感覚を与えられる。
思えばヌーヴォーロマンの作家達はすごく優秀だったろうし、何かを作りたいという野心は持っていたんだろう。ただし読者や需要に対する気遣いや歩み寄りで、もう少しなんとかなったんじゃないかな、という気もする。何事も些細なことが何かのきっかけになったりするものだから。それこそ、たまたまつけたテレビが薄っぺらい内容だったとしても、疲れてぼんやり見る分には妙に笑えたりね。









