古井由吉を語っていた頃
古井由吉が亡くなったというニュース。
私が一番文学に夢中だった頃、生きている作家として最も注目していたのは古井氏であった。彼のインタビューが文芸誌に乗れば買うなり立ち読みなりで目を通したし、優駿という競馬雑誌のエッセイですら読んでいた。(もちろん他のページも読んでいたが)彼の講演にも何度か足を運んだ。
古井氏は元々ドイツ文学の研究者だった。専門はムージルとブロッホ。ムージルの翻訳は今でも岩波文庫などで読むことができる。ムージルの難解な文を日本語に置き換えようとしている際に自分の母国語の捉え方がおかしくなったと感じ、自らの母国語としての規範を取り戻すために書き始めたのが小説家としての出発点だったという。なんとまあ理想的な理由だろうか。
内向の世代として語られるものの、多くの「世代」がそうであるように、あまり意味があるものとは思えない。「木曜日に」「水」「杳子」などが代表作として挙げられるが、個人的にはここ2、30年以内のものが好きだ。元々「かつて見た風景」「かつての会話」などが記憶から意識になり、意識が人間を形成していく「まるで何も起きないような」作品を多く書いていたが、老いと死を意識したまさに古井氏しか書けないような後期の作品こそ白眉に感じられた。学生の時分、友人達と会うと「楽天記」は読んだか、連載中の「野川」はすごいことになってる、「仮往生伝試文」が手に入らないから探してる、などと盛り上がったものだ。
彼の講演での話もそれこそ私の中で記憶から意識となっている。いつまでも創造力が衰えないと思っていたが本人は「毎回これ以上書けない、今回で打ちきり、来月から休載、と思いながら必死に書いている」「目が悪いし腰も悪い、原稿用紙をひっかくようにペンを走らせている」などと話していた。芥川龍之介についての講演の時には「元日や 手を洗ひたる 夕ごころ」という俳句と共に「年末の一日」という短編を紹介。どちらの作品にも見える(特に晩年の)芥川の不安に触れながらも「しかしこの不安があってこそ、芥川の後期作品は生まれている。これだから文学は面白い」と結んだ。そしてあるときには「水を書きあげた時に、これで地獄に行っても閻魔様に見せられる作品ができた、と思った」と自負を述べている。こうやって書いていて思うが、芸事に関する考え方でも私は色々影響を受けているかもしれない。
近いうちに追悼の意味もこめて最近の古井さんの小説でも買ってみようと思う。