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阿部恭平の
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Vol.151
2021 02/17 Wed.
カテゴリー:

本能寺の変と忠臣蔵

先日大河ドラマが終わった。主役は明智光秀、本能寺の変という事件によって歴史に名を残した武将であった。
忠臣蔵もそうだが、本能寺の変も日本人にとって特別な物語なのかもしれない。本能寺の変が近づくにつれて妙にワクワクとする自分に驚いた。丸谷才一は「忠臣蔵とはなにか」で忠臣蔵とカーニバル文学系作品(@バフチン)との共通点について触れているが、本能寺の変こそカーニバル性にあふれているかもしれない。長年ためこんだ感情とその爆発、世界観を大きくひっくり返すような革命、反逆。
それにしても世界広しといえど、このように天下間近にして裏切られた織田信長のような存在もすぐには思い浮かばない。統一して絶対的権力者になった後に革命やら裏切り、というのは数えきれないけれど、彼の場合は統一とも言いきれず、有力と言うには余りある、実に独特の立場であった。「あと少しだったのに」という口惜しさを誰よりも味わった権力者なのかもしれない。とはいえ、歴史上の権力者を見れば一目瞭然で、間違いなく権力は腐敗するのだから、信長がそのまま日本統一していたら悪行ばかり取り上げられ、現在のような評価を受けることはなかったかもしれない。
さてドラマへの文句をいくつか。こういう日本人好みのものを取り上げるからには文句がいくつかでるものだし、それも愛着と思っていただきたい。まず光秀の連歌、ときは今天が下しる五月哉、が出てこなかったこと。光秀の悩みや迷いが下手な歌によく表れており、物語として外してほしくはなかった。同じく信長の敦盛も。本能寺が燃える中で舞ったかどうかは別にしても、桶狭間の前夜に自らを奮い立たせた詞が信長の生そのものを象徴していたのも実に物語性のある話だ。そして何より光秀が生きてるような描写が気に入らなかった。細川にも筒井にも味方についてもらえず、羽柴にあっさり敗れてしまうところまで含めて本能寺の変だろう、と。三日天下で終わってこその明智光秀、生き延びてしまったら人間味も感じられない。

とまあ、こんな不平不満の出る時代劇という点も忠臣蔵と似ている。赤穂浪士には切腹を命ずるべきだった、切腹する必要ないのだからしなくてよかった、などと多くの人間の間でも意見や文句が出てくる(@勝海舟、丸山真男)。あの兄の着物に話しかける場面は欲しい、とか、吉良の布団の温もりを確かめる場面がないと、などなど。やはり好みの作品なのだろう、百年前、百年後の日本人も話題にしているかもしれない。

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