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Kyohei
Abe
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阿部恭平の
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Vol.176
2021 10/25 Mon.
カテゴリー:

年を取ってから中学生時代の図形をとく

数学の問題を解く趣味、まだ続いている。一日一問ぐらいは解いているのかな。朝飯前にやることが多い。(とはいえ、決して簡単という意味ではない)
図形の問題を解く時に学生だった頃を思い出す。図形というのは数学のセンスみたいなものを特に問われるからか、自分は図形の問題を苦手としていた。こっちがヒーコラ言って計算している間、得意な人間はさらさらっと解く。こっちが教師の解説を聞いている間にも、そういう友人は「先生、その解き方もいいけど、そもそもその図形とこの図形の相似を用いて解く方が楽ですよね」なんて教師を困らせていた。(時々教師の方が「…うん、そうだな、そっちの方が良い解き方だ」とか認めていた)
センスがある人は図形の相似に気づける。これを常識のように思っていた自分は「センスないから(多少手間がかかるとしても)三平方の定理やら計算を駆使して解けばいいさ」と考えていたと思う。すごく面倒くさい計算になっても根性で解いていた。相似の図形を探すことよりも「答えがあってればいいんでしょ」みたいな強引なやり方を繰り返すだけで、(相似に気づかないと解けないような)本当に難しい問題には手がでなくなる。そうなると「数学じゃなく、英語や国語で点数稼げばいいんでしょ」とまたもや開き直る。
今はただクイズ感覚でやっているだけだから、図形の相似を探して楽しんでいる。改めて思うと、学生時代は妙な思い込みをしていたと思う。志望の高校に行けたし、結果を含めて後悔はしてないけれど、なんとなく「自分は文系だから、数学苦手だから」と相似に気づく可能性にフタをしていたかもしれない。しかも相似を探さずに細かい計算や面倒な解き方をこなすことで「自分は努力はしてる=サボっているわけではない」と自己肯定をしていたような気もする。
やはり無意識ながら自分のできることを制限してはいけないし、努力をしているようで実は(何かから)逃げていることはある。趣味として図形の問題を解くうちに、自己啓発の文句みたいなことを妙に実感するに至った。とはいえ、中学の時分に数学の相似に固執していたら、相変わらず大してできないまま他の科目の成績が下がったかもしれないし、何事もわからないけれど。

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